お題:02光
更新日:2005/01/02
ジャンル:洋画/ドラゴンハート
CP:ドレイコ&ボーエン


 いつの間にドラゴンと人とはこれほどかけ離れた生き物になってしまったのか。
 友と呼ばれたこともあった。神と呼ばれたこともあった。悪魔と呼ばれたことさえも―――しかし、今や人にとってドラゴンを駆逐することは不可能ではなくなってしまった。
 人に追われ隠れ住む日々にあっては天を仰ぐことすらできず、訪れる者に問うことしかできなかった。
「今宵は星が輝いているかね?」
 ケルトの娘エイスリンはこの空に輝きがないと言った。
 長い首をもたげて最後のドラゴンは眼を開く。
 ドレイコはもう問うたりはしない。
 ここは隠れ住んでいた洞窟ではないし、星の輝きは自分の目で見ることができる。
 焚き火の向こうでボーエンも同じように夜空を見上げている。
 古き叡智と強靭な巨躯を持つ生き物を、まるで同等の相手のように扱う稀有な人間である。
 ひょんなことからできてしまった奇妙な連れ。いや、それすらもさだめだったのかもしれぬ。ボーエンが教え子の悪に翻弄され、竜を狩り始めた時からの。
 彼の瞳には何が映っているのだろう。いと高きドラゴンの魂は輝いて見えているのだろうか。
 だが問うたりはしない。
 青い双眸が見るものよりも、そこに煌く光が見たいのだ。
 エイスリン、古き友の娘よ。星は輝き始めた。
 ドレイコはその名の由来となった天上の星座をいつまでも見つめていた。
お題:03羽
更新日:2005/01/03
ジャンル:洋画/ドラゴンハート
CP:ドレイコ&ボーエン


 太陽が山間に隠れ、村にかがり火が焚かれる頃になると、ドレイコは落ち着かない気分になる。
 圧制への反乱を目前に控えた村は緊張の中にも活気に満ちていて、夜が来てもまだ賑やかだ。
 それをドレイコは村に隣接する小高い丘から眺めている。
 待っているのだ。反乱の指導者たる黒衣の騎士を。
 彼は夜になるとドレイコの許へやってくる。
 アヴァロンの冷たい雨に打たれる彼が忍びなくて、この羽で覆ってやって以来味を占められたのかもしれない。
 村にも質素ながらちゃんと用意された小屋があるというのに、ボーエンはいつもドレイコの羽の下でマントにくるまって寝る。
 理由を訊いてみたこともある。答えは簡潔に返ってきた。
「ここが一番安心できるんだよ」
 ぶっきらぼうな態度は、彼も相当照れていることを示していたのだろう。
 信じがたい話だ、とドレイコは思った。ドランゴンスレイヤーがドラゴンの羽の下で安心して眠るだと?まったく信じがたい。
 本当にまったくもって信じられないことに、ドレイコは彼の言葉を笑い飛ばすことができなかったのだ!
 そしてドレイコは落ち着かない気分で、今日もちらつく村の灯りを見ている。
 ドラゴンの鋭敏な聴覚は、既に慣れた足音が近づいてくるのを聴いている。
 あとほんの少しで、丘の小道を通って、茂ったヒースの間にその姿が現れるのだ。
 人間を待ち遠しく感じるなんて、ドラゴンとして異常なのではないだろうか。
 ドレイコはそれでも上機嫌だ。落ち着かないが、けして不快な気分ではなかったから。
 ゆるやかに暖かく感じる眠りが老いたドラゴンには待ち遠しい。
 夜通し羽を伸ばしているのは、実は少々辛かったりするのだけれど。
お題:11和
更新日:2005/01/11
ジャンル:洋画/ドラゴンハート
CP:なし


 村のはずれで剣の型を練習していたら、一息ついたところで後ろから声がかかった。
「古き誓いの騎士とはなんのことなんです?」
 変わり者の修道士が切り株に腰掛けて忙しくペンを動かしながら、何度も顔を上下して膝に広げた羊皮紙とボーエンの顔を交互に見つつ、口を動かしている。実に忙しない。
「ドレイコが時々あなたのことをそう呼ぶでしょう」
 マイペースなのはお互い様で、ボーエンは剣をしまうと軽く筋肉を伸ばしほぐした。
「ある古い規律に従うことを誓った者のことだ」
「その規律とは?」
「……あんたが知ってどうするんだ」
「忘れているんですか!私は詩人なんですよ。あなたの英雄譚を書いているんです!」
「いらんわそんなもん!」
 ボーエンはうんざりして額を押さえた。ギルバートはいつもしつこい。
「あのな、今時こんな誓いを知っている騎士はいないぞ。流行らない詩なんか書いている暇があったら弓の練習しろよ」
「流行なんか関係ありませんよ!私が書いているのは俗謡ではなくて、もっと高尚なですねえ」
 邪険につっぱねようとして、ボーエンは思い直した。
 幸か不幸かギルバートはまだ好奇心いっぱいの目でひっついている。
「いいか、こうだ」
 咳払いをしてみせると、ギルバートはいそいそとペンを取った。
「騎士は勇気を誓う――――」
「騎士は……勇気を……」
 たどたどしく復唱しながら書き留める自称詩人の声に、変声期前の少年の声が甦った。
 記憶にこびりついた声は、幼い自分のものであり、そして幼い教え子のものだ。
「その心は正義のみを……知り、その剣は――――」
 癒えきらぬ脚の傷が疼く。
 ドラゴンの心臓を持った冷たい瞳の王、アイノン。
 全霊をかけて愛情と期待を注いだわたしの心は、理解されることがなかったというのか。
 何を間違ったのかと、自問し自責しなかった日はない。
 一節ずつ口にするたび、胸が塞がるようで息が苦しくなる。
 振り切るように顔を上げると、戦いの前の活気に満ちた村が視界に入った。
 その向こうの丘に寝そべってこちらを興味深げに見ている巨大なドラゴン。
 すうっと呼吸が楽になった。眦が潤み、柄にもないとボーエンは苦笑した。
 アヴァロン。遠いアヴァロン。
 何処にあるとも知れぬ静かな墓所に思いを馳せる。
 わたしに唱和する声はもはやない。
 継ぐ者を失った誓いだが、一片の希望を載せて後世へ託すことはできるだろうか。
 よれた羊皮紙では少々頼りない気はするけれど。
「その怒りは、悪を――――」
 戦いに行くのだ。感傷はいらぬ。
 思い出も、愛情も、悲しみも、封じてここに置いてゆく。
 ボーエンはゆっくりと詠じ終えた。
「――――打ち砕く」