お題:09音
更新日:2005/01/09
ジャンル:ゲーム/幻水3
CP:ヒュークリ


「そのメロディ、知っている気がする」
 眠っているのかと思っていたクリスが突然顔を上げたので、ヒューゴは驚いて口笛を止めた。
 クリスが実家に帰っているとどこからか聞きつけて、ヒューゴはいつものように忍んで来たのだった。
 ゆったりした空気の中でクリスはいつしかソファにもたれてまぶたを伏せていた。もし眠り込んでしまったようだったら、このまま静かに帰ろうとヒューゴは考えていたようだ。
 もう一度とせがんでみると、なんとなく気恥ずかしそうに旋律をなぞってくれる。
「やっぱり聞いたことがある……」
「……この曲はジンバが教えてくれたんだ。小さな頃だったから俺も今まで忘れてたよ」
 クリスは立ち上がり、古びてはいるが質の良い箪笥のひきだしをいくつか開けて探った。
 やがて見つかったのは一連の楽譜。
「これだ」
 遠い記憶に残っている旋律。
 やさしい歌声。
「母さんが歌ってくれた歌だったんだ」
「変わったメロディだとは思っていたけど、ゼクセンの歌だったんだね」
 ヒューゴの声もとてもやさしくて、クリスは目を上げることができなかった。
 おぼろげな思い出しかない母親、恨んだこともある父親。
 遠い時間と距離の向こうに隔たっていても、時にこうして繋がりに気づかされる。
 あの人たちが遺していったものを、こうしてわたしは後から拾ってゆくのか。
 そっと手を重ねられ、クリスは熱い塊を飲み込んで顔を上げた。
 繋がりの先にあるのはこの翠の瞳だ。
 やさしいやさしいキスが降る。
 うっとりと目を閉じてやわらかな感触を味わっていたクリスは、次の瞬間空気が凍りつくのを感じた。
「クリスさん、俺にも歌って聞かせてくれる?」
 すべてをぶち壊しにする一言だった。
 ああ、甘い笑顔がとってもイタイ。
「……す、すまない。頼むからそれだけは勘弁してくれ」
 時に無知は罪深い。
 クリスは壊滅的な音痴だった。


お題:12白
更新日:2005/01/12
ジャンル:ゲーム/幻水3
CP:ヒュークリ


「し……白じゃない……っ」
「……?……ど、どうした、ヒューゴ?」
「く、クリスさんの……」
「え?」
「下着が白じゃないっ!!」
「……なんだと?」
「ゼクセンの女性は、未婚なら下着は白いんだろ!?クリスさん……まさか」
「……………け」
「……えっ?」
「出て行け!!この部屋から今すぐ!!!」
「く、クリスさん?」
たたっ切られたくなかったらさっさと出て行けーーーーーっ!!

 -数日後-

「クリスさん、ごめん!俺が悪かった!!」
「…………」
「ごめんってば〜!俺も騙されてたんだよ、頼むからここ開けてよ!」
「…………」
「クリスさぁぁぁ〜ん……ちくしょうみんな共謀しやがって!俺の甘い夜を返せぇーっ!!」

お題:14眠
更新日:2005/01/25
ジャンル:ゲーム/幻水2
CP:ジョウ主


 眠りと死は兄弟なのだという。
 色の白い額にかかる細い金の髪を梳きながら、ユーナクリフはぼんやりと考えた。
 だから、死んでしまった人に会いたいと思うならば、眠りの世界へ旅立つことだ。
 古いおとぎ話、それとも神話だったか。
 幼い日の寝物語に語って聞かせてくれたのは、今ユーナクリフの膝に頭を預けて目を閉じているその人だった。
 眠りとは、毎晩訪れる小さな死。
 なんだか恐ろしくなって、その晩はなかなか眠ることができなかった。
 暗闇から不安が忍び寄りぎゅっとしがみつくと、年長の幼馴染は苦笑して自分も眠いだろうに辛抱強く付き合ってくれた。
 人の体温とは不思議なもので、ユーナクリフはすっかり安心して眠ってしまい、翌朝は二人で寝坊したのだ。
 苦しい体勢で首を寝違えたって、痛そうにしていたっけ。
 ふ、と口元に淡い笑みが浮かんだ気がした。
 もうすぐ太陽が沈み、宵闇が落ちるだろう。
 世界が死に絶える前に僕は帰らなくちゃ。
 ジョウイと一緒に。
「ジョウイ、ねえ、起きなよ」
 伏せられた金の睫毛はぴくりともしない。
「……まるで眠っているみたいなのに」
 この人は二度と目覚めることはないのだ。
お題:16主
更新日:2005/01/29
ジャンル:ゲーム/幻水3
CP:なし


「なあシーザーってなんでそんなにお兄さんのこと嫌いなんだ?」
「昔おやつのあんパンを騙し取られたことがあるからさ。許せないよな」
「…………嘘だろ?」
「なんだよヒューゴ、おまえ自分の軍師を疑うのか?」
「そういうわけじゃないけど……」
「どっちなんだ、はっきりしろ」
「なんでそこで怒るんだ?」
「どんなバカな話でも、俺の言葉をおまえが信じられるかどうか知りたいんだ。さっさと決めろよ、褒めていいのか諌めていいのか決められないだろ」
「じゃ、じゃあ信じる」
「……あのなあヒューゴ。なんでもかんでも鵜呑みにすりゃいいってもんじゃないぞ」
「諌める方なのかよ!!」
お題:22道
更新日:2005/02/22
ジャンル:幻水2
CP:坊ジョ


 特に何の変哲もない朝だった。
 いつものように目を覚まし、着替えて宿の食堂に下りたユーナクリフだったが、この旅の間にすっかり見慣れた緑のバンダナを見つけて足を止めた。
 大抵の場合、一行の中で朝起きてくるのはナナミ、グレミオ、ユーナクリフ、トリスラント、ジョウイの順である。
 ある程度一緒に生活していればお互いの1日のリズムが読めるものだ。そして旅を共にしているうちに、口調もだいぶくだけたものになっていた。
「トリス?今日は早いね」
 だが今朝は、声をかけてみても彼は一点をじっと見つめて動かなかった。
「トリス?」
 重ねて問いかけると、ようやく黒い瞳が上がる。
「ああ、おはよう。どうかしたかい」
「どうかって……」
 どうかしたのはトリスの方じゃないのかな。
 表情は別にいつもの通り。声も平静。
 でもどこかおかしい、とユーナクリフは思った。
 首を捻っているうちに、早朝の散歩に出ていたグレミオとナナミが戻ってきた。
「ただいまー。あ、おはようユノ!ジョウイもそろそろ起こさなくっちゃね」
 明るい声の最後にかぶせるように、がたんっ!と大きな音が響いた。
 何事かと振り返ってみると、トリスラントが立ち上がっている。 今まで座っていた椅子が後ろに倒れているのだが、本人は頓着していないようだ。
 彼は真面目くさった顔と落ち着いた声音で宣言した。
「今朝は僕が起こしに行くよ」
「そ、そう?じゃあお願いするね」
 ナナミに軽く頷いてみせ、トリスラントは階段へ向かう。
 その短い道程の間にテーブルの足を蹴飛ばし。
 椅子を何脚も倒し。
 カウンターにぶつかり。
 挙句、階段の手前で見事にすっ転んだ。
「ト……!」
 誰もが絶句する中、トリスラントは無言で立ち上がり、何事もなかったかのように服の裾を払うと、静かに階段を昇って行った。
 ユーナクリフは唖然としたまま彼を見送っていたが、ぎくしゃくと首を戻した所でグレミオと目が合った。
 瞬間、ふっと思い至ったのである。
「……ケンカ、したんですかね。ひょっとして」
「ええ、たぶん……そうでしょうね」
「……実は結構いっぱいいっぱいなんですか、トリスって」
「ええ、実は」
 グレミオの口元は、なんだか微妙にぬるい笑みで彩られている。
 ユーナクリフもつられて口元を緩めた。
 ナナミはちょっと呆れたように小さく息をついた。
「下りてくるまでに仲直りできるといいわね」
「そうですね」
 グレミオも微笑んだまま小さく嘆息した。
「本っ当に坊ちゃんは昔から見栄っ張りなんですから……」
お題:37怒
更新日:2005/11/06
ジャンル:ゲーム/幻水1〜2
CP:なし


 それは実に久々の再会だった。久々ではあったが、もっとずっと後のことになるのではないかとも思っていた再会だった。もちろん、嬉しくなかったわけではない。しかし素直に喜ぶには余りにも―――心証の悪い再会でもあった。
 事の起こりは、新同盟軍のリーダーがほんの偶然から三年前に起こったトラン解放戦争の立役者、トリスラント・マクドールと出会い、なにかしら意気投合したらしく連れ立ってフレイムウィング城に帰還したことにある。
 その日、新同盟軍でもはえぬきの将であるフリックとビクトールはリーダーの帰還をたまたま城の広場で出迎えることとなった。
「フリック!ビクトール!!」
 懐かしい声に驚嘆し呆然として目を瞠った二人のもとに、声の主は記憶から少しも衰えぬ俊敏さで駆け寄り、そして―――

 見事な右ストレートを二発くりだした。


「おお、痛ぇ……これは絶対痣になるぞ……」
 ビクトールは少しの酒にも染みる口の端に顔をしかめた。
 突然の暴挙に仲良くノックダウンされた二人は、ホウアン医師の許ででかでかと頬に湿布を張られ、現在は酒場で腐っていた。
「トリスラント……少っしも手加減しなかったな……」
 低くうめいたフリックに、当の乱暴者はしれっとして返す。
「君たちのリーダーからはちゃんと殴っていいって許可もらってるから」
「許可ぁ!?」
「うん、『全治三日以内ですむようにしてくれ』ってさ」
「……おまえら……」
 トリスラントは悪びれずにビクトールから酒瓶を奪い取った。
「この程度で済んだことを彼に感謝してもいいくらいだよ?ってことで僕にも飲ませろ。君らのオゴリな、当然」
「おい、おまえ酒は」
 反射的に言ってしまってフリックははっとした。トリスラントは小さく苦笑して紅く透明な液体をコップに注いだ。
「もう飲めないような年齢じゃないさ。……こう見えてもね」
 それに飲めない年齢でも飲んでたしー、とふざけてみせる彼にフリックはそれ以上追求できなかった。その口調も、態度のでかさも全然変わっていなかったから。
 トラン建国の英雄と呼ばれるこの少年―――少なくとも見た目は―――と初めて出会ったとき、彼の右手には既に絶大な力を持つ紋章が宿っていた。真の紋章を持つ彼の肉体は時間を止めていると、知ってはいたが、一緒に戦った期間はそれを実感するほど長いものではなかった。
 しかし今三年の年月を経て改めて見た彼の姿は。
「あ、ああ……そう、だよな。……グレミオは、元気か?」
「相変わらず。一緒にグレッグミンスターの家に戻ってきた。あの街も、クレオもパーンも皆も……変わらないところも、変わったところもあるけど……。なんていうか、帰って良かったよ。色々とさ」
 そう言って微笑む顔は、最後に別れた時の記憶と寸分も違わない。しかし表情は確実に大人びて過ぎた時間を刻み込んでいた。
 隣を見れば、ビクトールもなんともいえぬ複雑な顔をしている。
 トリスラントは努めて気にする様子を見せずに軽口を叩く。
「レパントにも久しぶりに会ったんだけど、もう凄くてさ〜。大統領には僕がなるべきだって譲らないんだよ。まあアイリーンが口添えしてくれたんで助かったけどね」
「そういやおまえ、トラン大統領になるの辞退して姿くらましたって……」
 赤月帝国の解放戦争といえばこの近隣諸国で知らない者はない。英雄のその後についても、様々なうわさが流れてきていた。
 フリックの言葉にトランの英雄がひとつ頷く。
「……まあね。僕には向いてない気もするし、僕よりふさわしい人がいるのに大統領になんてなれないと思って」
「そうか?たしかにレパントはよくやってるけど」
「違う。ビクトール、フリック、君たちだよ」
「へ?」
 トリスラントは表情をあらためて目の前の二人を見つめた。
「あれは民衆の側から起こした革命だったんだ、大統領の座は『赤月帝国五将軍の息子』には身に余るよ。君たちはオデッサと共に戦った解放軍の初期メンバーで、特にフリックは副リーダーだったんだよ?僕よりよほどふさわしい」
 二人が反論の糸口を掴めないままでいるうちにトリスラントは俯き、低く、かすかに震える声を出した。
「君たちは僕のためになんて死んではいけない人たちだったんだ。最後の最後になって、僕のせいで君たちを失ってしまったと思って、僕は……僕は……それなのにっ」
 ばんっ!とテーブルに拳が打ちつけられ、語尾が荒くなる。その不穏な気配にフリックとビクトールは凍りついた。
「ピンピンしてるじゃないか!!おまえら!僕の後悔の三年間を返せ!!」
 話している間に憤りが限界に達したらしい。叫んで勢いよく立ち上がったトリスラントの形相ときたら、先刻以上の厳しさでボコボコに殴られそうだ。
「わーーー!わかった悪かった!!落ち着け、な?」
「すみませんごめんなさい許してください!!」
 必死に謝罪しては怒れる真の紋章保持者を鎮めようとする大の男が二人。
「あんたたち!暴れるなら外でやりな!」
 とうとうこのうるさい連中はレオナに酒場から追い出されてしまったのだった。