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お題:43怖
更新日:2007/07/20
ジャンル:米コミ/DC
CP:B&R
微かな軋みを立てて優雅な彫込みのドアが開く。
隙間からそろそろと首を突き出し、ディックは長く伸びた廊下を見渡した。声変わりしたばかりの小さな喉仏がごくりと上下する。
数メートル向こうの淡い常夜灯は、広い廊下や天井の隅々にわだかまる闇を追い払うにはあまりにも頼りなかった。
ディックは奥歯を噛み締めて唸った。
なんでこのお屋敷って、こう無駄に広いんだよ……。
遠くから重々しい柱時計の鐘が効果満点に響いてくる。
これぞ草木も眠る丑三つ時。
ロビンなら路地の暗闇に身を潜めるのも朝飯前だが、それとこれとは話が別。古めかしい大邸宅は独特の威圧感をもって少年を見下ろしてくる。
客用寝室であればほとんどに付属のバスルームがあるのに、なぜ子供部屋には付いていないのか。設計者が憎らしくてしょうがない。
とはいえ身体の欲求には逆らえるはずもなく、ディックは背筋を強張らせながら今夜も廊下に踏み出すのだった。
***
「あのさ……夜、廊下が暗すぎると思うんだけど、もう少し明るくできないかな?」
ブルースはコンソールから顔を上げ、ディックに目を向けた。表情は訝しげだが、機嫌を損ねているわけではないのが解る。バットマンにロビンという相棒が誕生し、調子が乗ってくるに従って、ディックは様々な要求も畏縮せず口に出せるようになっていた。
「歩きにくいのか?」
ディックは急いで首を横に振った。暗闇を歩けないロビンなんて役に立たない。
「そういうわけじゃないけど、なんて言うか、雰囲気が……」
「幽霊屋敷にでも見えますかな?」
アルフレッドの助け船に、ブルースは数瞬きょとんとした顔を見せた。
「ああ……なるほど。ディックは幽霊が怖いのか」
「怖いんじゃなくて、苦手なだけ」
ディックは唇を尖らせたが、反論する声は我ながら説得力がなかった。
「私は幼い頃からこの環境だったし、気にしなくなっていたな。そういうことなら照明を明るくするか、増やすことにしよう。だがディック、おまえの部屋の周辺に幽霊はいない。昔私が使っていた時分に調査済みだ」
今と同じ気難しいしかめっ面で、屋敷じゅうを調査して回る小さなブルースを想像し、ディックは吹き出した。
「そりゃ確実だね」
安心感に肩の力が抜ける。
……が、ブルースの話はまだ終わっていなかった。
「あまり行かないとは思うが、3階突き当たりのご婦人には声をかけない方がいい」
「……は?ご婦人……?」
「100年くらい前のメイドらしいんだが、構うとしつこくつきまとわれて追い払うのが大変だ。後はほとんど無害だな」
ディックはブルースの顔を隅々まで見回したが、どうやら本気で言っているらしいと判断した。彼にこんなユーモアのセンスはない。
「西塔にいるのは無反応だし、書庫の老人は親切に色々教えてくれるぞ。他にいたかな?」
「食料庫に小さな姉妹がいるようです」
アルフレッドが静かに言い添える。
ディックは背中に嫌な汗をかきながら、じりじりと後じさりしていた。
ああっ目の前に僕の知らない世界が広がってるよぉっ……
夜の邸内は絶対に歩かない、食料庫におやつを漁りに行くのも今日限りやめる、と密かに決心するディックであった。
もっとも、世界最高の探偵は、神様や異星人や魔法使いや妖精やその他よく分からない諸々とも付き合っていかねばならないのであって、幽霊ごときに怯んでいる場合ではないと程なくして悟ることになるのだが。
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