二人の若い少年が、ある日だいぶ山奥を、こんなことを言いながら、あるいておりました。
「一体ここはどこなんだろう……すっかり迷ってしまったね、ユノ」
「日も暮れてきたし、いいかげんお腹が空いたよ。それに獣が一匹も出てこない」
その時ふとうしろを見ますと、立派な一軒の西洋造りの家がありました。
そして玄関には、
RESTAURANT
西洋料理店
McDohl's HOUSE
マクドール軒
|
という看板がありました。
「こんな山奥にレストラン?」
ジョウイがぽかんとしていると、ユーナクリフは歓声を上げて玄関に駆け寄りました。
「良かったねジョウイ!これでごはんが食べられるし、ふもとまでの道も教えてもらえるよ」
二人は玄関に立ちました。
立派な白い壁に、硝子の開き戸がたっています。そこに金文字でこう書いてありました。
『どなたさまもどうかお入りください。決してご遠慮はありません。』
「僕らも入っていいらしいよ」
子供を拒否したり礼服着用でなければ入れない格式ばった料理店ではないようです。
二人は喜んで戸を押し、なかへ入りました。そこはすぐ廊下になっていました。
その硝子戸の裏側には、金文字でこうなっていました。
『ことに美人のお方や若いお方は、大歓迎いたします。』
「なんだかお茶目だね……」
「あはははは。ジョウイ美人だもん、大歓迎されるね」
廊下を進んで行きますと、こんどは水いろのペンキ塗りの扉がありました。
その扉を開けようとしますと、上にこう書いてありました。
『当軒は注文の多い料理店ですからどうかそこはご承知ください。』
「注文が多いって……?」
「それだけはやっているってことなのかな。こんな山の中で」
二人は言いながら、扉を開けました。するとその裏側に、
『注文はずいぶん多いでしょうが一々こらえて下さい。』
「なんだそれ?」
ユーナクリフはよくわからないという顔でジョウイを見ました。
ジョウイは首を捻りながら言いました。
「そんなにお客が多のか?待たされる時間が長いのかもね」
「ええ〜……早く食べたいのになぁ。お腹と背中がくっつきそう」
さっきから腹の虫がうるさく鳴いています。二人は足を早めて廊下を進みました。
ところがその先には、また扉がひとつありました。自分だってお腹が空いていたので、ジョウイはいささかうんざりした顔で呟きました。
「玄関の扉や窓を二重にするっていう習慣は聞いたことがあるけど、三重っていうのは初めてだ」
扉には赤い字でこう書いてありました。
『武器や防具はここへ置いてください。』
見るとすぐ横に黒い台がありました。
「なるほど……ものものしい格好で食事っていうのもね」
「山の中だけどずいぶん安全性に自信があるんだ。すごいや」
扉の裏側には、
『身に付けているものは、みんなここへ置いてください。』
と書いてありました。扉のすぐ横には藤籠までありました。
「ええ?服も脱ぐのか?」
さすがに驚いて、ジョウイは躊躇いました。
しかしユーナクリフに腕をつつかれて振り向いてみると、次の扉が背後に控えており、
『ここで身体をきれいに洗ってください。』
と書いてありました。
扉をそっと開けて覗いてみると、香りの良い湯を張った浴槽がありました。
ユーナクリフの声は弾んでいました。
「わあ、気持ちよさそうだね!確かに僕たちは山の中を歩いてきて汚れているし、汗も流したい」
「そ、そういうことだったのか……」
二人がさっぱりして浴槽から上がるとまた扉があって、その前に硝子の壷が一つありました。扉にはこう書いてありました。
『壷のなかのクリームをからだにすっかり塗ってください。』
「気が利いてるなぁ……」
「なんだか……効きすぎって気もするけど」
ジョウイは表情を曇らせましたが、ユーナクリフさして気にしていませんでした。
「よっぽど地位の高い人が来る店なんじゃないの?」
それから扉をあけますと、その裏側には、
『クリームをよく塗りましたか。特に さい』
「……ジョウイ?読めないんだけど」
「君は読まなくていいっ」
ジョウイは真っ赤な顔で文字を隠していました。なぜって、とても素面では口に出せないような身体の部位が書いてあったからです。
「冗談にしたってたちが悪い!」
気になって、文字を読もうと首を伸ばすユーナクリフを無理やり次の扉に向けさせると、こう書いてありました。
『お好みの服を選んで着てください。』
服まで用意してあるのかと感心して扉を開け、二人はびっくりしました。
そこにはずらりと様々な服がハンガーにかけられていましたが、どれもこれも女物だったのです。
「……ここ、女性専門店だったのかな?」
ユーナクリフは情けない顔になって腹をさすりました。
「そんなぁ……いいよ、着てやるよ」
「本気かい?」
「だって僕、もうお腹が空いてしょうがないんだ。ここまできて今更引き返すのも癪だし、うまく押し通せば大丈夫さ。ジョウイは美人だしバレない!」
ジョウイが反論するより先に、ユーナクリフは服の束をかきわけ始めていました。しかたなしにジョウイも近くの服を手に取ります。それはミニスカートのセーラー服でした。
「うっ……!?」
慌てて他の服に手を伸ばしました。メイド服、巫女服、バニーガールにチャイナドレス……どれもこれも妙にマニアックなのは気のせいでしょうか。
「ジョウイ、ジョウイ、これ!看護婦さんなんてどうかな」
いつのまにかユーナクリフの興味はジョウイに何を着せるかということに移っていたようですが、なんとか宥めすかして、なるべくからだのラインを隠してくれるような大人しいワンピースを身に付けました。
これ以上ここにいるとまた別のマニア好みなコスプレをさせられるとも限りません。ジョウイはユーナクリフを引きずって次の扉へ向かいました。
『料理はもうすぐできます。
十五分とお待たせはいたしません。
すぐたべられます。
早くあなたの頭に瓶の中の香水をよく振りかけてください。』
ジョウイはヤケになって荒っぽく香水を振りかけ、ユーナクリフにもかけました。
扉の裏側には、大きな字でこう書いてありました。
『スパイスを効かせたければ、使ってください』
ジョウイはぎょっとして、ユーナクリフが振り向く前に両手で彼の目を覆いました。
「な、何するんだよジョウイ!?」
「ここはおかしいよ!いくらなんでも、これは……それにさっきから注文されているのは僕たちの方だ」
扉の横にはロープやら革製の拘束具やら鎖やら……その他にも色々、いわゆる大人のオモチャってやつがずらりと。
何のスパイスだ、何の!?
視界を塞がれて何があるのか分からないので、ユーナクリフはとりあえずもっともなことを言いました。
「確かに注文の多い料理店……だよね」
「ってことは……料理されているのは、ひょっとして―――!」
ジョウイは後ろの戸を押そうとしましたが、どうです、戸はもう一分も動きませんでした。
その時奥の扉がばたんと開き、ひとりの少年があらわれました。
「やあ、いらっしゃいませ」
赤い服に緑のバンダナ。状況にそぐわない爽やかな笑顔がかえって不吉です。
「君たちのために特別なお皿を用意させたよ」
そう言って坊ちゃんが示した扉の向こうはぴんく色の世界。
鏡張りの天井に回転ベッド。ラブホテルの一室にしか見えません。
「あとは僕が君たちをおいしく頂くだけさ」
ああ、やっぱり。
ユーナクリフも事態に気づいて顔色を変えました。
二人は慌ててあたりを見回しましたが、他に扉もありません。
強行突破しようかと思ったとき、膝の力がだんだん抜けてきました。
「まさか……さっきの香水……!?」
「特製ブレンドだよ。すぐに気持ちよくなるからね」
坊ちゃんは楽しそうに笑っています。
美味か珍味か、どちらにせよ楽しめそうですね。
「ようこそ、めくるめく愛と官能のレストラン・マクドールへ―――」
◆◆◆
さて、それからどうなったのでしょう。
翌日山を降りてきた二人ですが、何があったのか黙して語ってくれませんでした。
ただユーナクリフの感想がひとこと、
「…………ごはんはおいしかった」
だそうです。
おしまい。
|