紅い道



 
 
 
 
 
 


 木の葉が舞い散る中、二人で散歩をする。
 強い風が吹くと、二人の視界を染める枯れ葉たち。
「ねぇ、ジョウイ」
 風の音でかき消されないようにと、イオが声を大きくしてジョウイを呼ぶ。
「なに?」
 ジョウイも、イオに負けないくらい声を張り上げる。
 彼の金髪が風に舞った。ザァァと葉がこすれる音が、二人だけの世界を包む。
「この枯葉の下に何が埋まってるか、知ってる?」
 二人の足元には、無数の葉。赤く染まったそれは、延々と地面を埋めていた。
「…何なんだい?」
 ジョウイは、くすくす笑いながらイオに尋ねる。
「桜の時は、死体が埋まってるって言ってたよね?今度は、なに?」
 イオは、この手の話が好きだ。少し怖いような切ないような、そんな話はナナミあたりから仕入れてくるのか。
 微笑むジョウイに、イオは少し目を眇めて告げた。
「人の心だよ」
「…心?」
「そう。愛して求めて、伝わらなかった思い。だから、こんなに赤い」
 まるで血のように、とイオは薄く笑う。
 一面の朱。ここは黄葉より紅葉の方が多いのだ。降り積もる枯葉が、あたり一面を赤く埋めている。
「…人は、心から血を流す」
 イオは空に手を伸ばした。
 流れゆく葉を手に掴もうとするが、それらはすべて、彼の手から滑りぬけた。
 それでもイオは、ただ手を伸ばし、掴もうとする。
「それが、いっぱいいっぱい積もるんだ…秋になるとね」
「…君の心から流れた血も、どこかに積もっているのかい?」
 どうしてそんなことを尋ねたのか。ジョウイは自分でもわからなかった。
 ただジョウイの問いに、イオは黙ってジョウイを振り返った。
「僕の心から流れた血は…」
 イオの目が細められる。
「君を赤く染める」
「…イオ」
 普段のイオとは違う、禍々しい瞳を向けてくるイオに、ジョウイは知らず後ずさった。
 しかし、逃げる場所などどこにもない。
 あっという間に、追い詰められ、どんと木に押し付けられる。
 顔の横に手を突かれ、逃げ場を失う。
 目を見開くジョウイに、イオはゆっくりと唇を吊り上げた。
「君が僕を傷つけたくせに、どうしてそういうことを聞くの?」
 見て、と上を振り仰ぐと、大きな楓の木。
 真っ赤に紅葉したそれを瞳に映して、そして、周り一面の枯葉を指す。
「…全て、僕の心から流れた血で染めた」
「………イオ」
「そう言えば、ジョウイは満足なのかな?」
 くっくっと笑うイオは、暗く澱んだ目でジョウイを捉えた。
「僕は、そんなつもりで言ったんじゃない!」
「わかってる…」
 ジョウイの肩に顔を埋めて、イオが呟く。
「…わかってる」
 その背に腕を回して、ジョウイは空を仰いだ。赤い葉が散る。
 散る。
 二人の間に降り積もる。
 その光景を見つめながら、ジョウイは腕の中のイオに囁いた。
「君から流れた血は、全部僕が吸い取ってあげる…」
 イオの瞼に、頬に、ジョウイは幾度も優しく口付けを落とす。
「どうか、僕を染めてくれ…」
「…ジョウイ」
 どさっと二人の身体が地面に倒れた。降り積もった枯葉がクッションになり、大した衝撃はなかった。
 ジョウイの髪が、紅葉の絨毯の上に広がる。イオは漠然とただ、それが綺麗だと思った。
「君の痛みは、僕の痛みだから…」
 イオの頬に手を添えて、ジョウイはキスを送る。
 びっくりしたように目を見張るイオに、ジョウイは笑いかける。
「ジョウイ…」
 何かに縋るかのように伸ばされてくるイオの指を、ジョウイは黙って受け止めた。


「ねぇイオ。そんな哀しい顔で笑わないで…」
 そんなことを言われて、イオはびっくりしたようにジョウイを見た。
 彼の灰青の瞳には、泣きそうな少年が映っていた。
 その少年は、泣きそうに顔を歪めて、それでも笑っていた。
 イオの手を取り、ジョウイは恭しくそれに口付ける。
 その感触に、イオは今度こそ涙を零して泣きそうになった。
「…ジョウイが、そんなこと言うからだよ」
 僕は、君を傷つけたいわけじゃない。僕の傷で、君を染めたいわけじゃない。
 ただ笑っていて欲しいだけ。
 いつもそうなのに、いつも少し間違える。
「ごめん」
「…ねぇ、ジョウイの方こそ、傷ついた顔してるよ?」
 イオはジョウイの背に腕を回して、彼の身体をぎゅっと抱きしめた。
「僕らは、どこで間違えたんだろうね…」
 お互いに、守るものがあった。それだけ、だったのに。
 そして今も、いつだって少しだけ間違える。
 二人とも、それを必死で修正しようとして、そしてまた、間違える。
 その度に傷を作る。そして、葉を染めていく。秋を作り出す。
「心、か…」
 ジョウイの髪が、風に乗って、さらさらとそよぐ。二人の間を、幾枚もの枯葉が通り過ぎていった。
「幾つもの心の傷が染めた葉…」
 ジョウイは、呟く。
「この葉は次の季節の葉を作る。繰り返し繰り返してね…」
 枯葉は地に積もり、そして肥料になり、木を支える。
「…ジョウイ?」
 ぼんやりとしたまま、呟くジョウイに、イオがいぶかしそうに声をかける。
「……僕らの心も、繰り返し繰り返し、愛を知る」
「え?」
 二人の視線が絡み合う。やがて、ジョウイの目が柔らかく細められて、口元に笑みが浮かんだ。
「ちょっとキザだった?いつもの君を真似してみたつもりだったんだけど」
「えぇ!?僕ってそんな恥ずかしいこと、いつも言ってる?」
「…さぁ?」
 あははと笑うジョウイは、以前の陰が嘘のように、屈託なく笑う。
 戦争が終わり、彼らは再び歩き出した。
 それでも、戦いが彼らの心に残した傷痕が癒えるのはずっと先だろう。
 一生、傷から血は流れ続けるのかもしれない。
 けれど彼らは、歩くことを止めないだろう。
 間違えても、間違えても、何度でも彼らはその手を繋ごうとするだろう。
「帰ろう。ナナミが待ってるよ!」
「そうだね」
 今日の夕食はナナミの手作り。それすらも、幸せの一部。
 生きていればこその、幸せ。

 舞い散る枯葉に、思いを乗せて。
 積もる朱は、癒えぬ傷。
 それでも彼らは笑うだろう。
 繰り返し、繰り返し、彼らは愛を知るだろう。


 
 
 
 
 
 

 



 
 
 
秋ですねぇ 。
一万ヒットおめでとうございます。


 わ〜いわ〜い♪ありがとうございますっ。
 何度間違えても、僕らは先に進むのさ。うう、ええ話や…。

by銀丸
 
 

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