三人で国を捨てた。
戦争が終わって、僕たちは、幸せになるはずだったんだ。
なのに、いつからだろう。イオの瞳に、暗い色が混じるようになっていたのは。
おそらくその素地は、ジョウイがイオを裏切ってハイランドに向かったことからできたのだろう。
二度と裏切らない。側にいるよといくらジョウイが言おうと、イオはどこか不安そうな瞳でジョウイを見つめていたから。
「……イオ?」
「抱きにきてあげたんだよ。もっと嬉しそうな顔してよ」
ある夜。三人が別々の部屋を取ることができて、身体を休めようと自室に向かったジョウイの目の前に、いきなりイオが現れた。
「…何、言ってんだい?イオ」
気づいていたんだ。イオの瞳が、暗く澱んだ狂気に彩られていくことに。
でも最初に裏切ったのはまぎれもなく僕で。その狂気を止める資格なんて、僕にはない。
もう二度と、君を裏切らないと、側にいると、どうか信じて欲しくて。いつか信じてくれるのだと、期待した。
それは、虫の良すぎる希望だったのかも、しれないけれど。
「さわるなっ」
イオの様子に異常を感じて、ジョウイは彼の伸ばしてきた手を振り払う。
「…なんだよ。その態度」
「なんだって、君こそ何なんだよ!」
むっとしたようなイオに、ジョウイは苛立ちも露に声を荒げた。
しかし、イオはそんなジョウイの様子を意に介さず、くすっと笑うと、しーっと唇に指を当てた。
「今、夜なんだよ?大人しくしなよ」
「誰がうるさくさせてるんだよっ!」
まったくもって筋の通らないことを言うイオに、ジョウイは思わず大声を上げてしまった。
「まったくもぅ。大人しくしてれば、いいのに」
言うなり、ジョウイに向かってイオが拳を突き出す。
それを避けてとっさに反撃に移ろうとするが、すばやさはイオのほうが早かった。
腹を思い切り蹴られ、ジョウイの身体がもんどりうつ。床に這い蹲るジョウイの身体を、さらにイオは背中を狙って強打する。
「く……ぁっ」
痛みに顔を歪めながらも、ジョウイは抵抗を諦めようとはしない。
ぎっと射るような視線でジョウイはイオを睨みつけた。
その視線を受けて、イオは楽しそうに唇の端を吊り上げる。
「…いいね、その目。ぞくぞくするよ」
ぐいと、ジョウイの髪を掴み無理やり顔を上げさせると唇を重ねるが、しかしすぐにイオは顔を離す。
イオの唇からは真っ赤な血が流れ出していた。ジョウイがイオの唇に噛み付いたのだ。
「まだ状況がわかっていないの?ジョウイ」
次の瞬間、ジョウイはさらに身体を殴られ、声もなく崩れ落ちた。
「………っ」
「バカだね。僕に勝てるとでも思ったのか?」
床に転がるジョウイを、イオは冷酷な瞳で見下ろす。そこには、愛情の欠片も感じることはできず、ジョウイは知らず背筋を震わせた。
イオはそのまましびれて動けないジョウイの上に伸し掛かり、服を脱がそうとする。
「やめろ…っ」
顔を床に押さえつけられた状態でも、ジョウイは身体を捩って、イオの手からなんとか逃れようともがく。
ジョウイの抵抗に業を煮やしたイオは、乱暴に服に手をかけると一気に引き裂いた。
「あーあ。面倒だな…」
ビリッと布が悲鳴を上げる。
ジョウイの服を引き裂いたかと思うと、イオはそれを使って、ジョウイを後ろ手に縛り上げてしまった。
「いい格好」
嬉しそうに、くすくす笑うイオを、ジョウイはぎっと睨みつける。
「イオ…っ」
「好きなだけ抵抗していいよ。そのほうが楽しいもん」
くっくっと笑うイオは、すでにその瞳に狂気を宿していた。
身体を這い回り始めた指に、ジョウイの身体が不快感に粟立つ。
「ころ…してやる……っ!」
「いいよ?殺せるんなら、僕を殺してみれば?」
イオの自信たっぷりな態度に、余計怒りが沸いた。
確かに、確かに自分は彼を殺せない。しかし、本当に殺してやりたかった。
身体の自由を奪われて、無理やりな行為を強いられる。これ以上、屈辱的なことはなかった。
あまりの悔しさに視界が真っ赤に染まる。
しかしイオは、ジョウイのその視線を心地良さそうに受け止めた。
「いいね。その屈辱に歪む表情…」
優位に立った者が浮かべる笑みを見せるイオに、ジョウイはぎりっと歯を噛み締める。
屈辱に視界がにじむ。できることなら、このまま舌を噛み切ってしまいたいほどに。
でも、生きると、もう裏切らないと約束したから。そんなことはできない。
ジョウイは悔しそうにうつむいた。
「でもね、ジョウイ」
そんなジョウイに後ろから伸し掛かり、イオは囁く。
イオの指が後ろに伸ばされて、ジョウイはびくっと身体を震わせた。
唾液で湿らされた指は、幾度か花唇の周りを、焦らすようになぞる。その感触に顔を歪めながらも、ジョウイは観念したのか抵抗はなかった。
「負け犬は負け犬らしく、大人しく服従していればいいんだよ!」
言うなり、指を後口に差し込まれ、ジョウイの身体が痛みに痙攣する。
「……ぐ……ぁぁっ」
しかし、ジョウイの様子に構うことなく、イオは指を挿入していく。
「ぐぅ…や……いた…っ」
「苦しい?いいね。ジョウイの泣き顔、すごくそそられる」
無理やり指を収められ、抜き差しされれば、ジョウイの瞳からは涙が溢れ出す。
「あぁぁ……うっ…うぁあ…っ」
なんで自分がこんな目にあっているのか。それすらもわからないまま。
ジョウイはただ、この苦痛が早く終わってくれることを願った。
「…負け犬には、それらしい扱いを、ね」
暗い声で、イオが笑いながらそう告げる。
信じた自分がバカだったと言うのか。
違う。イオの、この状態は、それとはまた違う。
狂っているのだ。何かが。
彼はイオではない。自分の信じているイオではないと、何度も自分に言い聞かせても、胸の痛みは治まることはなくジョウイを苛む。
「…力、抜いて」
腰を高く上げさせられ、ジョウイの身体が恐怖にすくんだ。
何をされるか、わからないわけではない。しかし、逃れる術はなく。
「あ……ひ…いぃぃぃ……っ」
貫かれる激痛に、ジョウイは泣き叫ぶ。
なぜ。どうして、自分がこんな目に合わなければいけないのか。
その理由を問うだけの余裕は、ジョウイにはすでに残されていなかった。
「ジョウイ…」
イオが、うっとりとジョウイの名を呼ぶ。しかし、その声はジョウイには届いていなかった。
「う…うぅ…っ」
あまりに苦痛にジョウイの意識は、すでに朦朧としてしまっていた。
ゆさゆさと揺さぶられるたびに、新しい苦痛が襲ってくる。
内臓が引き出されるような痛みに、ジョウイは悶絶した。
「……あぁぁ…ひ……っ」
たまらず泣き出すジョウイの瞼に、イオがキスを落とす。
それだけが、なんだかとても優しくて。
しかし、イオが動きを再開すれば、断続的に襲ってくる痛みに意識がさらわれる。
「……ひぃ……うっ」
ジョウイの泣き濡れた瞳から、光が失われていく。
「…あ……ぅっ」
そのまま、ジョウイの身体からがくんと力が抜けた。
涙の後が残る頬に、イオは優しくキスを落とす。その行為だけを見た者がいれば、その恭しく慈愛に満ちた瞳に、愛情を感じることもあったろう。
しかし、ジョウイの瞳は開くことはなく、イオはそんな彼にふっと唇を歪める。
ジョウイを見つめるイオの視線は禍々しく冷酷な光を宿していた。
目覚めないジョウイに、くっと笑みを一つ零すと、イオは激情のおもむくままに動きを再開させる。
「寝るのはまだ早いよ?」
「……あひ…ぃっ」
新たな激痛に意識を取り戻させられ、ジョウイは悲鳴と共に目を見開いた。
まるで、気絶することすら許さないというようなイオの動きに、ジョウイは、新しい涙で頬をぬらした。
「夜は、長いから…ね?ジョウイ」
無慈悲な声が、この夜に終わりはないのだと宣告する。
いつまでこの苦痛が続くのかわからぬまま、ジョウイはただ、イオの意のままに身体を蹂躙されていくことしかできなくて。
意識が白濁に飲まれる瞬間、見えたものは。
闇。ただ、深い黒。
それはとても、きれいで、そして哀しい色をしていると。それが意識の最後だった。
夜の青。月の白。そこに映し出される影二つ。
血の気の失せたジョウイの頬を、イオは愛しそうに撫でる。
意識の失ったジョウイを抱きしめて、イオは幸せそうに囁くのだ。暗い目をして。
「もう、離さない…」
ジョウイをかき抱くイオの声は、どこか痛々しく。
甘美な響きと、そして狂気を孕んで。
「君は、僕のものだよ…」
そしてまた、夜は繰り返す。
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