天邪鬼-翌檜異聞2-



2. Trislant
 


 
 きらきらと太陽を反射する川面が眩しくて、僕は目を細めた。
 ユーナクリフはまた一匹魚を釣り上げた。見事な銀色の尾が糸の先で跳ねている。
 ナナミもしばらくは釣りに集中していたのだが、そのうち荷物を枕にして昼寝を始めてしまった。
 そしてもう一人はここ数日、何か一緒に外出しようと誘うと必ず断られている。
「ジョウイには振られちゃったね」
 新たな餌を針につけているユーナクリフになんとなく話を振ると、彼はすまなそうに肩を落とした。
「す、すみません……あの……」
「どうして君が謝るんだい?」
「ジョウイはまだ……トリスに馴染んでいないんです。多分人見知りしてるんだとは思うんですけど」
 人見知り。ずいぶん可愛らしい表現だなぁ。
 さすがにユーナクリフは僕とジョウイの仲が悪いことに気づいていたようだ。だが、彼には言っていないがジョウイの側だけに問題があるわけじゃない。そもそも、先にケンカをふっかけたのは僕だと言っても過言ではないだろう。
 以前からユーナクリフにジョウイのことは聞いてはいたが、その頃から彼に対してなんともすっきりしない気分を抱いていたのだ。それがつい顔を合わせた途端に出てしまった。
「そう、君が『ユノの友達の』ジョウイ君か。お噂はかねがね」
 もしジョウイとまみえることがあるなら、ハイランドの元皇王としてではなくユーナクリフの友人として扱おうと決めていた。こんなに厭味な響きを伴って口から出るとは思わなかったが。
「はじめまして、トリスラントさん。僕もあなたのことは聞いていますよ、色々と」
 ジョウイの方も警戒心丸出しで応対してくる。
「こんなに美人だとは思わなかったよ」
 これだけの容姿なら充分武器になるだろう。値踏みするように僕を見ていた切れ長の瞳が、わずかに細められる。ここまできたら後には引けない。ハイランドで皇王にまでのし上がったお手並みを拝見しようじゃないか。
 握手しながら僕は挑戦状を叩きつけたのだった。
「君もぜひ『トリス』と。……ユノやナナミと同じように、ね」


 ―――だが、今のところ意に反して表面的なケンカになってはいなかった。
 僕が挑発してもジョウイは感情を抑えて避けていくだけだ。直接的な対話で妥協点を探るわけでもなく、決定的に決裂するわけでもないやり方。嬉しくもないことだがお互いに慣れているらしい。
 いや、本当言うとジョウイの態度が適切だろうと思うのだ。僕もユーナクリフやナナミは気に入っているので、できれば「なんとなく気に食わない」などといった理由で彼らの大切な幼馴染と険悪になるのは避けたいと思う。そもそも勝敗の基準もないのだからいくら厭味を言ったところで無駄なのは分かっているし、いちばんいい解決方法はお互いに必要以上に近づかないことだろう。
 なのになぜ、つい平静でいられなくなるのか自分でもわからない。
 ただ、ジョウイが僕から眼を逸らす度に苛々するのだ。
 しきりに引くので糸を引き上げたが、また餌だけ取られている。
 嫌いではないけれど、釣りは苦手だ。うまくいったためしがない。
 反対にユーナクリフは大きな魚を針から外し、再び川に糸を投げ入れた。
「レパントさんたちには、僕がトリスに似てるって言われたんですけど……僕は、僕よりジョウイの方が似てるんじゃないかと思うんです」
 浮きを見つめたままユーナクリフは面白そうに言った。
「ジョウイが?……そうかな、どの辺が?」
「うーん……どこがっていまいち言えないです。でもなんとなく雰囲気とか」
 分からないでもない。―――なぜなら、僕もそう思っていたからだ。そして僕が苛つく理由は、おそらくそこに端を発している。
 多分、物事の割り切り方が似ているのだろう。
 ユーナクリフがどちらかといえば個人的な感情で行動するのに対して、僕やジョウイはそれを後回しにして、理念や立場を優先した考え方をする。どちらが善いとか悪いとかは言えないのだということを、僕は二つの戦争を通して学んだのだけれど。
 だからユーナクリフの隣で戦いの行方を見ていると、ジョウイの戦い方には共感できるところが多かった。
 目的のために切り捨てるべきは何なのか彼には分かっていたはずだ。それなのに彼の行動はいつも、肝心なところで僕の予想を裏切る。
 たとえばミューズでの和平会談。
 僕はそこに列席していたわけではないが、ユーナクリフからジョウイの人となりを聞くかぎり、それが偽りのものである可能性は高いと思った。シュウもそう思ったのだろう、結果としてそれは合っていたし、念のために用意していた伏兵も役に立ったらしい。
 ただ、僕が驚いたのはジョウイが弓を止めたと聞いたことだった。
 あるいはロックアックスで、ナナミの生命を救うために軍を引いたこと。
 または最後のルルノイエ、王座に彼の姿がなかったこと―――
 ジョウイを探すのだともがくユーナクリフを引きずって、崩れる城から脱出する間中、僕は心の中でなぜだと叫んでいた。
 似ているからこそ、決定的なズレが苛立ちを呼ぶ。
 僕だったら弓を止めなかった。僕だったら軍を引かなかった。僕だったら……
 そうやって僕はあの解放戦争を勝ち抜いてきたのだ。
 僕と同じ戦いに身を投じながら、僕が切り捨ててきたことに彼はすべて屈してきた。結果として僕は勝ち、彼は負けた。至極当然のことだった。
 彼は僕の鏡像なのだ。支配欲とか、優越感、それから劣等感。認めたくない自分の感情を見せ付けられる。
 だけど、それだけじゃない。それだけなら僕は自分を納得させられる。彼は彼で、僕は僕で。すべて同じ価値観に立って行動することなど不可能に決まっているのだから。
 ―――どうしてこんなに苛つくのだろう。
 今、こうして生きている彼と顔を合わせることになるなんて、思いもしなかった。
 天山の峠を越えて、彼が生きる道を選ぶなんて。
 なら天山で彼が死ねば良かったと言うのだろうか、僕は?
 いいや、そういうわけじゃない。ユーナクリフの右手に完全なる紋章を宿らせるため、天山に向かったジョウイが、僕には腹立たしかった。けれどジョウイがあそこで命を取り留めたことも……なんだか、気が落ち着かない。
 話に聞くだけではなく初めて顔を合わせた彼は、予想していたよりも小柄で幼かった。ユーナクリフの一歩後ろで伏目がちに佇んでいる彼に、僕はたまらなく苛立ちを覚えた。
 自分の感情を据える位置がなくて、宙に浮いたようだ。
 右手の呪われた紋章が疼く。
 ……苛々する。
「ああ!!」
 突然ユーナクリフが素っ頓狂な声を上げた。
 手近な岩に、思考に沈んでいた僕と釣り竿を置いて、昼食を取りにいこうとしたらしい。そこで僕も事態に気が付いた。僕たちはこともあろうにグレミオお手製のお弁当を忘れてきてしまったのだ。
「しょうがない。取りに行くとするか」
 僕が腰を上げるとユーナクリフは慌てて手を振った。
「そんな、僕が行きますよ」
「気を遣わなくていいよ」
 どうせ僕が残ったところで何も釣れやしないのだろうし。戦果は今日の夕食になることが確定しているのだ。
「でも……」
「ひいているよ、ユノ」
「え……あっ!?」
 駈け戻って獲物と格闘し始めたユーナクリフと未だ熟睡しているナナミを残して、僕は自宅へ向かった。



◆◆◆




 居間のソファでは、僕たちが出て行ったときのまま、ジョウイが本を読んでいた。
 本の内容に集中しているらしいので、このまま僕は声をかけずにお弁当を取って再び出て行けばいい。わざわざ関わりさえしなければ、お互いに気分を害さなくて済む。そう、わかっていた。
 だが、僕の足は理性が告げるのとは正反対の方向に動いた。
「……『古代ハルモニアの庭園と食文化』?察するに、君は乱読型なんだね」
 読みかけの本を取り上げてやると、ジョウイは苦々しげな表情を向けてきた。
「…………早かったですね。もう帰ってきたんですか」
「忘れ物を取りにきただけだよ」
 ユーナクリフたちがいないからか、露骨に迷惑そうな顔をしている。僕は不思議とかえってそれが楽しくて、ジョウイの隣に腰を下ろした。
 そういえば、ジョウイと二人きりになったのはこれがはじめてかもしれない。ふと思ったら、瞳が微妙に逸らされていることがやけに気に障った。
 多分、僕が彼の核心を突いていないからだ。
「こうして、ハイランドの皇王どのと話をする日がくるとは思わなかったよ。今では『元』皇王と言うべきだろうけれど」
 今まで避けつづけてきた話題を突然出したせいか、ジョウイは驚いた顔をした。瞳が上がり、僕の目をまっすぐ見つめてくる。
 戦争中は、皇王であった彼に訊きたい事が色々あったような気がする。でも今はそんなことより、その視線が再び逸らされることが許せない。
 ジョウイは僕を何だと思っているのだろう?
 簡単に避けていられるような相手だと思っているのなら大間違いだ。
 僕はジョウイの喉に手をかけた。息を呑む様子が直接に伝わってくる。
「亡国の王が―――しかも同盟国の敵だった国のさ―――逃げ込んでるなんてことが知られたら、トランも厄介な問題を抱え込むことになるね。そうなる前に僕が突き出してやろうか?死体だってシュウは構いやしないだろうし」
 実際には、そんなことはどうだってよかった。ジョウイにトランを害する気があるなら別だがその様子は微塵も感じられないし、事が新しくできたツインホーン国の範囲内にある限りシュウ軍師も適当に手を回してくれるだろうから、悪いことにはならないだろう。
 ただ僕のこの苛立ちの原因が、目の前の少年にあるということだけは確かなのだ。
 このまま力を入れれば簡単に呼吸を止めることができる。けれどジョウイは僕の真意を探るように見返してくるだけだった。
「どうして抵抗しない?」
「所詮負け犬ですから、僕は」
 すっと身体の芯が冷えるような感覚を覚えた。
 この男はどこまでも僕の神経を逆撫でする。
「なら、それにふさわしい扱いをしてあげようか」
 苛つく心のままに彼の羽織っていたシャツの襟を裂いた。
 彼の表情には驚きがなくて、同性とこういう行為に及ぶことが彼の意識の範囲内にあるということが知れる。
「どれくらいの人間をたらしこんだんだか知らないけど、こうやって王座を手に入れたってわけ」
 僕は別にそれが悪いことだなんて思っていない。目的があるのなら必要な手を必要なだけ使うのは……このプライドの高い、潔癖そうな少年なら、よほどの自制心を必要としたことだろう。むしろ誉めてやりたいくらいだ。
 だからこそ効果的に彼を貶められると知っていて、あえて言葉にする。
「……そんなことをした覚えはありませんが」
 さすがに怒りを覚えたのか、ジョウイの視線が鋭さを増した。僕は心の底に昏い悦びが湧き上がるのを止められなかった。
 もっと彼を乱れさせてみたい。この取り澄ました顔を崩してやりたい。
 下方に手を伸ばせば顔を背けて唇を噛む彼に、構わずに下着ごとズボンを剥ぎ取った。
 白い肌が顕わになる。こうしてみると華奢に見えても筋肉はしっかりとついていることが分かる。
 彼にもそれなりの武術の腕前があるのだから、押さえこまれないうちに膝を跳ね上げればこの場を切り抜けることもできるかもしれないのに。緊張に身を硬くしながらも四肢は投げ出されたままだ。
 頬の細い輪郭に、長い金色の睫が影を落として震えている。
 少年の身体を確認しておきながら、まるで征服者に乱暴される誇り高いお姫様の図だと思うと可笑しかった。
 それならば、もっと酷い方法で屈服させてやろう。
 僕は長い髪に縁取られた薄い耳たぶに唇を寄せた。白い喉には指を滑らせる。先程とは裏腹に、なるたけ優しく。
「あ……」
 思わず上げてしまったのだろう、自分の声に驚いたのかジョウイの頬にさっと朱が走る。僕は唇が開かれた隙を逃さず、くちづけて口内に侵入した。手応えがあったことに内心不思議なほど昂揚していた。
「何、を……!?」
 荒くなった息と共にジョウイは困惑した視線を向けてくる。
「強姦なんて趣味じゃないんでね。じっくり楽しませてもらうよ」
 身体の痛みになど逃げさせてやらない。
 肌を辿り、弱いところに触れるとぴくりと肌が震える。その度両手で塞がれた口から、抑えられてくぐもった声が漏れてくる。
 それじゃあ、つまらないね。
 僕はジョウイの背中から腕を伸ばした。触れたのは、彼の男性を主張しているそれ。けれど本来なら反対の性に施される行為のために、もっと奥を探る。
「うっ……!?」
 指を突き入れるとジョウイの背が強張り、そこは更に狭くなる。なるべく優しくほぐしていくうちに、狙っていた反応が返ってきた。
「んっ……は、うッ」
 一点を刺激してやったときに上がる、それは確かに嬌声だった。
「ふうん……ここがいいんだね。そうなんだろう?」
 しかし予想通り、ジョウイは自分の感覚を否定するように黙り込んでしまう。
 僕は彼が達しようとするのをせき止めたままで囁きかけた。
「いいって言えないのかい?じゃあ代わりに僕の名前を呼んでごらんよ」
 意地っ張りなのは嫌いじゃない。だけど、どこまでもつのかな?
 かたかたと震える指先が僕の手を外そうとするが、うまくいくはずもない。
「呼んで、ほら……トリス、って」
「…………ぁ……ト……リ……」
 彼が―――堕ちた瞬間。
 自分でも驚くほど、とても甘美に感じた。解放したらこれで終わりにしようかと思っていたけれど、欲望に火をつけられてしまった。
 手を緩めてやると声にならない叫びが上がり、熱い液体が打ちつけられる。力が抜けたところに僕は自分の熱を押し込んだ。
「……ッ!?」
 びくん、と大きくジョウイの肩が跳ねた。強い締めつけに顔を顰める。
「きついよ、ジョウイ……力を抜いて」
 全身を強張らせているので、少し無理やりに揺すぶって力を弱めさせようとしたのだが、ジョウイには僕の言うことが聞こえていないようだった。
「いっ……あ……あ、あ!」
 なにかおかしい……
 違和感の正体を確かめようと彼の顔を覗き込んだ―――これが失敗だった。
 ぎくりとした。上気した頬や、涙の滲んだ青灰の瞳や、苦しげに寄せられた眉や、そんなものがおそろしく扇情的で。
「や……嫌だッ……あ、あッ……痛、ぁ、やぅっ……」
 切れ切れの、しゃくりあげるような喘ぎに嗜虐心をそそられる。そうだ、僕は彼を乱してみたいと思っていたのだ。
「……い、やッ……トリ……トリス……ッ」
 僕の名を呼んでいることも無意識なのだろうけれど、一度ついた火を煽るには充分だった。
 もっと乱れさせて、もっと曝け出させて、もっと。

 ……不本意ながら認めざるをえない。
 はっきり言って僕はこのとき―――自分で仕掛けた罠にはまったようなものだったのだ。


◆◆◆



 我に返ったときには、さっきまでの昂揚感が嘘のように疲労ばかりが残っていた。
 意識を失ったジョウイを客室のベッドに運ぶ。行為の跡を清めようとして所々に赤いものを見つけ、胸が痛んだ。
 酷いことをしたという自覚はある。そんなことははじめから分かっていた。
 分かっていながら衝動の命じるままに、望むことをしたはずなのに。
 ただ虚しかった。
 僕は何がしたかったのだろう。ジョウイを屈服させて、それでどうしたかったのだろう。
 廊下に出て溜息と共に扉を閉めたとき、玄関から大荷物を抱えたグレミオがよろけながら入ってきた。
「どうしたんですか、坊ちゃん。釣りに行ったんじゃなかったんですか?」
「あ……うん。忘れ物を取りにきたんだけど、ジョウイが具合悪くなったらしくて。寝かせてきた」
 荷物のいくつかを引き受けて両手は塞がっているので、肩で客室を示した。
「そ、それはいけません!栄養のつくものを作らなくては!!」
 我ながら適当だが間違いのない誤魔化し方だ。何が起こったのか、ジョウイが誰かに言うこともありえないだろうし、このままなかったことにしてしまうかどうか、僕は決めかねていた。
「でも良かったです、坊ちゃんが居合わせて……これがジョウイ君と仲良くなれるきっかけになるといいですね」
「……なんだって?」
 グレミオは諭すように身を屈めてきた。
「坊ちゃん、グレミオの目はごまかせませんよ。ユーナクリフ君たちと違って、ジョウイ君とはよそよそしかったでしょう。坊ちゃんが意地悪していたのはわかっていますよ」
 返す言葉もなかった。良くも悪くもグレミオは時々、妙に鋭い。なんとも言い訳のしようがなくて僕は黙り込み、グレミオはのほほんとした口調に戻ってわざとらしい溜息をついている。
「まったく、坊ちゃんは素直じゃないんですから。好きな子ほど意地悪したいというのはわからないでもないですけどね」
「……は?」
 思わず荷物を取り落としそうになった。
 ちょっと待て。
 冗談じゃないぞ。なんだそれは。
 こんなに見ていて苛つく相手なのに、なんで好きってことになるんだ!?
「確かテッド君のときもそうでしたね。懐かしい話です」
「う……」
 …………そういえば。
 テッドもはじめは気に入らなかったのだ。同じくらいの年頃に見えるくせに、妙に大人びたところがあって、僕を対等に扱っていないような気がして。
 あの時は結局、取っ組み合いのケンカまで発展して、それから仲良くなったんだった。
 そうだ……ジョウイは彼にも似ている。テッドと同じように、命を―――
 僕は―――
 目を瞠っていた。こんなところに苛立ちの正体があったなんて。
 僕は彼にテッドやグレミオや、僕のために命を失った彼らの影を重ねていたのだ。知らないうちに。この紋章から逃げるのはやめようと思っていたのに。
 そして僕は彼が「ハイランドの皇王」であったことを認めようとしていなかった。それも彼の一部であることは間違いないのだから、結果として更に強調されてしまうことになるのに。
 だがこれに関してはお互い様だ。
 ジョウイが僕に見せていたのは初めから他人に近づこうとしない、孤独な目だ。人一倍情が強いくせにいっぱいに想いを抱え込んで。
 戦いの終わりに自らを留めたままの彼。僕を「英雄」の位置において近づいてこようとしない。
 こうやって僕たちはお互いの間にいくつも壁を築いてしまっていた。
 だけど……だけど僕は、きっと本当はもっと個人的にジョウイと相対したいのだ。
 「トランの英雄」じゃなくて、僕というひとりの人間として。彼に僕を認めさせたい。意識しないところでジレンマが苛立ちに変わっていたのだ。

 でも。
 そう思うだけ、確かに僕は彼に惹かれている。

 料理の支度に取り掛かったグレミオをぼんやりと眺めるうち、僕は額から血が引いてきた。
 衝動とはなんと恐ろしいものなのだろう。取っ組み合いで済んでいるうちはまだ良かったのだが。
 やがていつまでも戻ってこない僕を心配してユーナクリフとナナミが帰ってきたのだが、あまりのことに呆然としていた僕は上の空にしか応対できなかった。
 ジョウイの具合が悪くなったと聞いては、当然彼らはじっとしていなかったのだが、どうにか言いくるめて僕が彼の分の夕食を持っていくことにする。
 何をどうしたらいいのかよく分からないのだが、とにかく僕はジョウイに会わなくてはいけない。
 実は僕は、自分から深く人と関わるのは苦手なのかもしれない。人間は嫌いではないのだが……釣りと同じで。
 更なる問題は、そんなところもきっとジョウイと似ているのだろうということだ。今更ながらに同族嫌悪、なんて言葉が浮かんできた。
 部屋に行ってみるとジョウイは目覚めていて、ベッドに横たわったまま窓の外を眺めていた。
 乱れた細い髪に白い月明かりが当たっていて儚げで痛々しい印象を受けたが、声をかけた途端彼は跳ね起き、そして次の瞬間には身体の痛みに小さな悲鳴を上げていた。
「無理をせずに寝ていた方がいいよ。……血が、少し出ていたからね……」
 ジョウイは悔しげに小さく呻いて毛布に顔を埋めた。
「ところでジョウイ、……その……」
 きつい瞳が僕を睨み付けてくる。さっさと出て行けとでも言わんばかりだ。無理もないが。
 おまけにもしも僕が感じた違和感の正体が予想と合っているのならば、一生(それはきっとかなり長いものだが!)関係は改善されない―――というか、控えめに言っても、悪化したままだろう。
「……君、本当にはじめてだったの?」
 ジョウイは絶句した後、一段と低い声で答えた。
「……言いませんでしたか……?」
「……そうだったね」
 人の事は言えないじゃないか。僕だってちゃんと彼を見ていなかったのだ。唯一絶対の戦略でもないのに、他があることを考えなかった。冷静でないときにいかに視野が狭くなるのか思い知らされ、情けなくて仕方がなかった。
 個人的な問題だからいいというものでもない。マッシュが生きていたらあの静かな声で窘められていただろうが、それ以前にこんなこと恥ずかしくて言えるもんか。
「えと、その……セックスもはじめてだった……?」
 謝るつもりでいたのがうまく言葉が見つからなくて、出たのは違う言葉だった。自分でもつくづくやっかいな性分だと思う。
 これでどうやって仲良くなればいいのだろう?僕は気が遠くなりそうだった。
「……これでも妻帯者ですよ……」
「…………そうだったね……」
 どうしよう、グレミオ。しょっぱなから大失敗だ。
 そうこうするうちに賑やかな姉弟が乱入してきて、僕はすごすごと退散するほかなかったのだった。



 ジョウイと仲良くなろう。
 そんな僕の大いなる野望が達成される日がくるかどうかは、未だ謎である。
 
 

 



あーーーー坊ちゃん好きな方ゴメンなさいぃぃ。
世の中にはかっこいい坊ちゃんがいっぱいいるというのに……
我が家の坊はまだまだ、他人を諭せるほど人間ができていないようです(苦笑)
ジョウイもトリスもコンプレックスとトラウマだらけでいっぱいいっぱい。
頑張って挑発してみたわりには、第1ラウンドは坊ちゃんの負けでしたねー。
なぜかは簡単です。深く考えた方が負けるんです、こういうのは(爆)

っていうか、坊ちゃん長すぎ。
ジョウイ編と量的にバランスが悪くてだいぶ詰めてしまいました…
分かりにくさ倍増です(泣)
 

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