大丈夫。大丈夫。
それは僕にとって魔法の言葉だった。
ナナミが笑ってそう言ってくれれば本当に大丈夫だって思っていられた。
大丈夫。お姉ちゃんが守ってあげるから。
大丈夫。ジョウイもきっと。
何ひとつ根拠なんてないのも分かっていたけど。本当に不安なのはナナミなのも分かっていたけれど。
抱きしめてくれる腕に甘えつづけていた僕への、これが罰なんだろうか。
―――夕暮れ時のことをたそがれと言うんだよ。どうしてか知ってるかい?―――
僕が横に首を振ると、ジョウイはすっと夕日を指差した。伸ばした腕は逆光になってぼやけて見えた。
「薄暗くて、誰が誰だか分からなくなるだろう。だから『たれそ、かれは』あれは誰だろうって意味なんだ」
真っ赤に染められてゆく道場の裏の林。お気に入りの古木にもたれて僕たちはいつまでも夕日を見ていた。
ジョウイはきれいなものが好きだった。
僕はあの暖かな色が好きだった。
階段を上ってくる足音が聞こえる。二人分の。
夢うつつでフェザーに寄りかかっていた僕は、ゆっくりと顔を上げた。夕日はもう半分近くその姿を隠していて、視界はものの判別がつきにくくなっていた。
輪郭が分かっても細部が見えない。階段から現れたのが誰だかよく分からない。
屋上は湖の湿気を含んだ空気がいつも流れている。近づいてくるその影の長い髪が風に流れて、
「……ジョウイ?」
そう声をかけて、僕はたちまち後悔した。
だってそこにいたのはシュウさんだったんだ。虚を突かれたのか目を瞠っている。
ナナミかと思ったのはこわばった顔のアップルだった。
「……ユーナクリフ殿、もうすぐ軍議がはじまります」
「はい。すぐに行きますから先に行っててください」
考える間もなく顔が勝手に笑顔を作っている。
大丈夫。僕はまだ大丈夫だ。
何か言いたげなアップルを無言で促して、シュウさんは城内に戻っていった。
―――たそがれ。
―――きれいな言葉だよね。
そう言って笑っていたジョウイ。
一面真っ赤な世界の中で、泣き出しそうな顔で笑っていたジョウイ。
―――ただいま……いいもんだね、待っててくれる誰かがいるっていうのは……
黄昏なんて大嫌いだ。
長い髪を見るたび、君が帰ってきたんじゃないかと思えて。
たれそ、かれは……
あなたは誰?
そう訊いたって、望む答えが返ってくるわけがないのに。
……僕は馬鹿だ。
それでも彼が帰ってくるのは……ここ、だと信じて疑わない。この上ない馬鹿だ。
だけど大丈夫。僕はまだ大丈夫。
君に会うまでこんな痛みはなんてことないんだ。
ジョウイ。もうすぐ君の望む世界が手に入るよ。
その時にどんな結果が出るのか分からないけれど、僕たちはきっと帰ることができる。
君は僕に、僕は君に。
ナナミもきっと待っているから。
太陽はもう欠片しか残っていない。そろそろ会議に行かなくちゃ。
抱きしめてくれる腕はもうないから、自分で自分を抱きしめた。
明日も僕は黄昏を見にここに来るのだろう。
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