雪になりたい



 
 
 


 夜のうちに降り出した雪は、朝になっても降り止まずに積もりつづけていた。
 暖炉のおかげで部屋の中は暖かいが、窓を開けるとそこからきんと冷えた空気が入ってくる。ユーナクリフが静かに舞っている雪を眺めていると、隣にナナミがやってきた。
「あの雲、ルルノイエから流れてきたんだろうね」
「え?」
「ジョウイもこの雪を見てるんじゃないかなぁ」
 この地方でこれだけ降っているのだから、ルルノイエでは大雪だろう。初冬に徴収されるハイランド軍の新兵は各々の配属後、初仕事が雪かきだというもっぱらの噂なのだが本当だろうか。
 ナナミは窓辺に降り積もった雪を集め、ぺしぺしと叩いて固めている。
 その顔があんまり楽しそうなので、ユーナクリフは反対に少し意地悪な気持ちになって反論した。
「見てるかどうかなんて分からないよ」
「きっと見てるわよ。好きだって言ってたもん」
 反論の口を塞がれてユーナクリフはむくれた。ジョウイが雪を好きだと言っていたのは自分だって知っている。
 なぜかと問うても一言「きれいだから」としか返ってこなかったが、それだけでも理由は充分だ。街も森も戦場も、降るところには分け隔てなく、真っ白に降り積もった雪は何もかもを隠して白く清い。
 凍るような寒さと、白さと、清らかさ……雪が見せる生命の薄さと美しさは近縁なのかもしれない。
「どうしたの?」
 返事がないので訝しんだナナミが顔を覗き込んでくる。
「雪はいいなって思ってさ」
「今年は雪かきしないですむからでしょ。現金ねぇ」
「そんなんじゃないよ」
 確かにそれもあると言えばあるのだが。遊ぶにはいいが、毎年の雪かきには苦労させられた。そんな人間の都合などお構いなしに、雪はただ降って降り積もるだけだ。
「いいなぁ……雪になりたいな」
「ええ?なんで?」
 ユーナクリフは喉で笑うだけで答えない。
 すべての穢れを覆い隠して美しさだけを残す雪。
 ハイランドからこの地まで、すべてを白く染めて。
 けれど、彼を埋めてしまうことだけはできないだろう。
 整っているが故に少し冷たく見える風貌も、触れれば驚くほど温かいことを知っているから。
 彼以外のすべてを埋めて……世界に彼と雪だけで。そんな想像をユーナクリフは楽しんでいた。
「なんか変なこと考えてるんでしょ。スケベ」
「…………ごめんなサイ」
 別に卑猥なことを考えていたつもりはないのだが……違うとも言い切れなくて、ユーナクリフは顔を赤らめた。
 ナナミは特に追求もせず肩を竦め、部屋の中央のテーブルに平たい皿を置いて、そこに雪の塊を乗せた。
 掌に乗る大きさの雪うさぎ。少々いびつな楕円の本体に、うちわのような耳は植木鉢から葉を借りて、南天がないので目は緑色の豆が二つ。
「そこに置いておくのかい?すぐに溶けちゃうよ」
 ナナミは取り澄まして言った。
「溶けるからいいのよ」
「ふうん……」
 そんなことを言って、溶けて小さくなった頃、慌てて窓辺に戻すのだろうに。折角作ったのだから、見えるところに置いておきたいのだ。
 ユーナクリフは苦笑して窓の外に視線を戻した。この分なら、その頃にはうさぎを復活させるだけの厚さくらいまた窓辺に降り積もっているかもしれない。
 外は不思議に静かだ。積もった雪で子供たちがはしゃぎまわって遊ぶのは、雪が止んでからのことなのだろう。
「雪になりたいな……」
 雪になって、きっと今ごろ同じように窓を眺めている彼のところへ。
 いや、それとも戸外に出て直に雪の冷たさを感じているのだろうか。そうしたら彼の頬を優しく撫でて溶けてしまいたい。
 彼に触れたい……本当のところは、ただそれだけなのだけれど。
 ユーナクリフは窓から腕を差し出して、掌に雪を受けた。
 冷えた世界で、彼は自分と同じだけの寂しさを抱いてくれているだろうか?
 もしそうならどうしても心配だから。……会いたいから。
 隠してしまった涙の代わりに、頬を濡らしては溶けて消える―――

 彼の愛する、真っ白な雪になりたい。







 



 

本当に思いつきだけでどういうというところのないお話です…
ドリカムの「Snow Dance」を聴いて思いついたのですが、
その場にいた友人に「雪になりたい主人公のネタを思いついたんだけど…」
と言ったら、「はかなくなってそうだよ、それ!」とびびられてしまいました(笑)


 

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