本当のことをいうと、はじめわたしはジョウイがあんまり好きじゃなかった。
ジョウイの方もはじめは義弟にべったりで、なかなかわたしに打ち解けようとしなかったし、わたしもやきもち焼きで、義弟を取り合ってずいぶんケンカしたっけ。
私も彼も、義弟が大好きだったから。
あの日、ユーナクリフにはじめてあった日、おまえの義弟になるんだよと言われて、わたしはあの子を力いっぱい抱き締めた。痩せて、頼りなげな目をした小さな子。わたしの家族。本当のお父さんやお母さんは顔も知らないけれど、血なんか繋がっていなくても、わたしたちは家族だから。わたしはお姉ちゃんになったんだから、守ってあげなくちゃいけない。
昔は、義弟は結構な甘ったれで、寂しがりやで、わたしの後ろばかりついて歩いていた。それなのにジョウイに会った頃からひとりでどこかに行っちゃったり、日がな一日考え事をしていたり、わたしに秘密を持つようになったり……わたしに理解できない部分が少しずつ増えていって。
わたしはユーナクリフを取られちゃう気がしたし、ジョウイもはじめてできた友達を独り占めしたかったんだろう。些細なことで言い合いを始めるのはわたしとジョウイ。ユーナクリフはそれをちょっと困ったような、呆れたような顔で眺めているのがいつもの光景だった。
『やだジョウイ、それ変ーっ』
『ナナミの方こそヘタクソじゃんかっ』
『なによ!この芸術が理解できないの?』
『じゃあどっちがいいかユノに決めてもらおう!』
『そうよ。ユノ、お姉ちゃんのつぼの方が上手でしょ?』
『…………どっちもどっちだよ……(それ、つぼだったのか……)』
だけど、義弟もジョウイもそれはいじめられっ子で、こうなったらわたしがまとめて守っちゃあげなきゃって気になって。いつも三人で転げまわって遊んでいるうちに、いつの間にかわたしにとってもジョウイはなくちゃならない人になっていた。二人だけで遊びにいかれたりすると、やっぱり気に入らなかったけど。
そう気がついたら。二人はわたしと少し違っていた。
ユーナクリフはわたしを「おねえちゃん」って呼ばなくなった。ジョウイはよく女の子たちの噂話にのぼるようになった。
わたしはちょっと前まで伸びていた身長が伸びなくなって、反対にぐんぐん伸び始めたのがジョウイ。ユーナクリフはちょっと遅いけど、きっとそのうちわたしを追い抜くだろう。一緒に修行をしていても、わたしの体力が追いつかなくなっているのを感じてくる。
仕方がないって……分かってはいたんだ。二人は男の子で、わたしは女の子だもんね。でも、でも、いくらなんでも、二人して軍隊に入るなんて、それはないんじゃない?
『でもどうにかして稼がないと食べていけないよ。ゲンカクじいちゃんはもういないんだし』
分かってる。
『大丈夫だよナナミ。ユノは僕が守るから』
『ジョウイ!勝手なこと言うなよっ』
分かってる、ジョウイは強いし、ユーナクリフは見た目よりずっとしっかりしてる。
だから不安なの。わたしだけが残される。わたしがもし男の子だったら一緒に行けたの?
がらんとした家の中で夜毎にわたしは祈る。
ユニコーン少年兵部隊が壊滅したなんて、ウソでしょう?それでも、あなたたちは強いから大丈夫でしょう?
帰ってきて。帰ってきて。
わたしひとりを置いていかないで。
身体に力が入らない。寒い。血がいっぱい出ているのがわかる。
あの日ティントから逃げ出した、罰が当たったのかな。
でもわたしはどうしてもジョウイと戦いたくなかった。敵だなんて認めたくなかった。あの三人でいた日々を壊したくなかった。
あそこがわたしの楽園だった。
いつまでも昔のままじゃいられない。分かっていたけど、そんなこと認めたくなかった。分かっていたけど、こんな形で変わってしまうなんてひどすぎる。
キャロの街には帰れなくなったけど、一緒にいられるなら全然気にならなかった。むしろ……帰ってこない二人を家で待っていたときよりよほど嬉しかった。わたしたち一緒ならどこでだって生きていける。
それなのに今、誰もがユーナクリフに「ジョウイと戦え」って言う。言葉にされなくても望まれていることがあの子にも分かっている。そんなこと、あの子にできるわけないじゃない。誰よりも優しくてジョウイのことが大好きなのに。
キレイな白い服を着たジョウイを前にして、つらそうな顔をしていた。ジョウイも必死に表情を押し隠していたけど、知っているんだから。二人とも泣き出す寸前の顔だよ。
もうやめよう。全部捨てて逃げよう。なんでこんな想いをしなくちゃいけないの。このまま戦い続けていたら、わたしの知っている義弟も親友もいなくなってしまう。帰れなくなってしまう。三人で転げて笑ってケンカして。わたしの居場所はあそこだったのに、あそこしかなかったのに、なくなってしまったらどこに行けばいいの?
リーダーなんてやめようよ。もっとふさわしい人がいるじゃないの。
ユーナクリフは長い間、本当に長い間じっと黙ってわたしを見つめて……そしてゆっくり頷いた。
『そうだね、行こう』
……でも、逃げられなかった。
なんて罪深い願いだったんだろう。わたしたちの、わたしのせいで、温かな信頼を裏切って、大切な仲間を失って。
あれからユーナクリフはもっとリーダーらしくあろうとして一生懸命だった。どこかに行くにしても、わたしのこと連れて行かないことが多くなった。反対に、帰ってくればまずわたしを探しに来た。
わたしが追い詰めたんだね。ごめんね。義弟を守っているつもりで、本当はひとりになりたくなかっただけ。
迷いを見せちゃいけない。皆を力づけるために笑っていなくちゃいけない。子供っぽいわがままなんて本当は言っちゃいけなかったの。今は戦争中で、皆つらくてもがんばって戦っているんだから。
けれど、リーダーらしく振舞おうとすればするほど、ユーナクリフは無理を重ねている。たくさんの大人に囲まれて、どんどん大人っぽくなっていく。本当は人一倍寂しがりやなのに、頑張ってひとりで立とうとしている。
戦場に出てゆくユーナクリフは背筋を伸ばして悲しいほど凛として、対峙した軍の向こう側にいるジョウイは信じられないほど綺麗で堂々として。
ついていくのが精一杯の、わたしだけが変われない。
置いていかれるのが嫌で、変わっていくあの子を見るのがつらくて、ひとりで待っている間部屋でこっそり泣いたりして、誰かに会えば無理やり明るく振舞ったりして、そして帰ってきた義弟にいちばんに抱きつく。そんな自分がたまらなく嫌だった。
どうにかしなくちゃと思った。泣いているだけじゃダメ。ユーナクリフが頑張っているんだから、わたしも頑張らなきゃ。あの子を守らなきゃ。お姉ちゃんでしょう?
他の方法なんてわたしは知らない。
だから無理やりついてきた。ロックアックスに……。
「ナナミ!!」
馬鹿。どうしてわたしを庇おうとなんてするのよ。ユーナクリフはリーダーになったんでしょう。わたしなんかより皆にとって大切な人でしょう。
ああ、でも、今ジョウイがユーナクリフの隣にいる。わたしたちの傍にいる。すぐにいなくなってしまったけれど、心配そうな顔をしていたのは分かっている。確信できる。あの優しい顔。昔と同じ。
ジョウイはわたしたちのこと嫌いになんかなっていない。
ユーナクリフはどんなことがあってもジョウイとは戦えない。
そう、いちばん大事なことだけは変わっていないんだ。
キャロからこんなに離れたこの地で、まだこの先戦いは続くけれど、わたしは嬉しくてたまらない。
ごめんなさい。やっぱりわたしは三人がいいんです。
都市同盟だとかハイランドがどうとか、そんなことはどうだっていい、本当は。三人でいられたらそれだけでいい。キャロになんて帰れなくてもいい。あの子たちに宿った紋章がどんなものかなんて関係ない。
だって二人が傷つけあうなんてできっこないんだから。
わたしの大切な人たちにこんな運命を押し付けた、世界中にざまをみろと言ってやりたい。
運命なんて嘘っぱちだよ。くだらないよ。ゲンカクじいちゃんもそう言っていたでしょう。
ただ、わたしたちはお互いが大切なのです。
「いやだ……ひとりにしないで。置いていかないでよ、ナナミ……」
心細い声。子供みたいな仕草でわたしにしがみついているいとしい子。これがあなたの本当なんだよね。大丈夫、お姉ちゃんが守ってあげるから。
この身体がもうちょっと言うこと聞いてくれたら、抱き締めてあげられるのに。
なんだか変な感じだ。置いていかれるのはわたしじゃなかったのかな。
大丈夫だよ、大丈夫。真の紋章がなによ。ユーナクリフもジョウイも強い子だもん。そんなものに負けたりしないよ。
「ナナミ……!」
リーダーとか皇王とか、そんなの関係ないよね。義弟と親友の傍にいる。どんなことがあってもわたしがあなたたちを守ってあげる。それがわたしだから。
だからお願い、お姉ちゃんって呼んで。
そうしたらわたしは帰れる。
三人で過ごしたあの幸せな日々に。
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