賢者たちの夜
スコップいっぱいの雪を脇に投げ、ユーナクリフはかじかんだ指に息を吐きかけた。 一面に真っ白になった世界で、子供たちには恒例の雪かき。キャロの冬に雪はつきものなのだ。きちんとどけておけないと玄関から出るのもひと苦労になってしまう。 ナナミも鼻の頭を真っ赤にして、盛んに白い息を吐きながら雪の山を作っている。そしてジョウイも、自分の家は自分がする必要がないからと、律儀に付き合っていた。 「それくらいでひと休みして、お茶でも飲みなさい」 「はぁい!」 玄関先から養父に呼びかけられ、三人は顔を見合わせてスコップを放り出し、家に飛び込んでいった。めいめいが暖炉の前に陣取って茶をすする。頬や指先は冷え切っているのに、運動したために身体の内側が熱い。 ユーナクリフは暖かいカップで指を温めながら、反対に熱い茶が冷めるのを待った。 「明日は冬至だって。宿屋のおかみさんが言ってた」 「おお、そういえばそうだな」 ナナミのお喋りを受けてゲンカクは南瓜でも煮るか、と算段を始めている。 「一年で最後のおめでたい日だね」 飲み物と一緒に汗まで冷えてきて、ユーナクリフは隣に座っているジョウイに身体を寄せた。暗黙のうちに決まっていたユーナクリフの座る場所は、一昨年から小さな身体ひとつ分ずれていた。 「なんだか残念そうだね、ユノ?」 「だってさ……一年中、毎日がおめでたい日だったら楽しいのにな」 本気で言ったのだが、ジョウイだけでなくゲンカクにまで一緒に吹き出されてユーナクリフはむくれた。同意してくれたのはナナミだけだ。 「どこかの国ではさ」 ユーナクリフを宥めるように、ジョウイは穏やかな口調で最近仕入れたばかりの知識を披露した。 「冬至のお祭りの夜には、子供たちは妖精からプレゼントがもらえるんだって。朝、目が覚めたら枕元に置いてあるんだよ」 「へえ……」 「いいなぁ〜。ハイランドじゃもらえないかしら」 「ハイランドの子供でも良い子にしていたらもらえるかもしれんぞ」 そう言ってゲンカクは筋張った大きな手で子供たちの頭をぐりぐりと撫でた。 「そのためにも、雪かきは終わらせんとな」 「はぁーい」 充分に温まった身体に防寒具を着込み、再び外へ。真っ先に駆け出してゆくナナミよりやや遅れて、ユーナクリフはスコップを動かした。 持ち場から少し移動して、ジョウイの作っている山に、一緒に雪を積み上げる。 「ねえジョウイ、プレゼントをくれる妖精って本当にいると思う?」 「さあ。いたとしても遠い国の話だよ」 ユーナクリフは手元を見つめて、言い出すタイミングを計っていた。ある考えが頭に浮かんでいたのだ。 「「あのさ……」」 同時に顔を上げてしまい、譲ったのはジョウイだった。ユーナクリフは声を潜めた。 「僕たちで妖精のふりをしないかい?明日の夜、ナナミの枕元にこっそりプレゼントを置いておくんだ」 するとジョウイはにっこりと微笑んだ。 「うん、僕もそう言おうと思ってたんだよ」 いじめられっぱなしの少年たちを見かねて、ナナミは時折街のいじめっ子たちと取っ組み合いまでしたりする。けんかっ早いところは養父も窘めはするものの、根底には彼女の優しさがあるので苦笑するばかりだ。ユーナクリフもジョウイも、そんな彼女にささやかながらも感謝の気持ちを贈りたかった。 「じゃあこれからプレゼントを探しに行こうよ」 「いや、僕は……今日はこれが終わったら帰らなくちゃ。明日の昼間でいいかい?」 ユーナクリフは頷いた。少しいたずらめいた心持で、わくわくする。 「こらぁ!ユノ、ジョウイ、サボっちゃダメよ!」 甲高く響く声に、少年たちは肩を竦める。だがそれぞれの持ち場に戻っても、秘密を共有することの楽しさに口元を綻ばせていたのだった。 暗い部屋に、衝立の向こうから規則正しい寝息と小さな寝言が聞こえてくる。ゲンカクはまだ起きているようで奥からは明かりが漏れている。 ユーナクリフが頃合を見て隣にある腕をつつくと、ジョウイは布団から顔を出し、口の端を持ち上げて頷いた。 計画を実行する時が来たのだ。 ユーナクリフたちは昼間、ナナミのために半額ずつ出しあって可愛らしい色の端切れを買ってきたのだった。それをユーナクリフが縫って小さな袋を作り、ジョウイが飴玉を詰めた。少々不恰好でも満足の行く出来だった。 こっそりとベッドを抜け出し、足音を立てないように細心の注意を払いながら衝立の反対側に回る。ナナミが熟睡しているのを確かめ、枕元にそっと小さな包みを置いた。 すべて計画どおり。ところが、ユーナクリフが困ってしまったのはその後だった。 来たときと同じように注意して自分たちの寝床に戻る。本当なら、それからジョウイが寝付くのを待っているつもりだった。実は昨日ジョウイが家に帰った後、ユーナクリフは彼の分までプレゼントを用意することにしたのだ。 秋の間に集めていた様々な花の種を袋に詰めて、今はベッドの下に置いてある。 それなのに、いつまで待ってもジョウイが眠った様子はないのである。 「ジョウイ……まだ起きてるの?」 「ん……なんだか眠れないや」 囁きを交わすと、聞こえるか聞こえないかの小さな吐息。 昨日家に帰ってから嫌なことでもあったのだろうか。ユーナクリフは落ちそうになる瞼を必死にこじ開けてジョウイを見つめた。 「気にしないで、先に寝ていいよ」 そんなことを言われても。 寝てもらいたいのはこちらの方なのだ。そうでなくともジョウイが泊まりに来たとき先に寝入ってしまうのは、大抵自分の方なのに。どんな嫌なことがあったとしても、眠ってくれさえすれば明日には驚きとともに喜んでくれるはず。 どうしたものかと途方に暮れているうち、足音とともに明かりが近づいてきた。ユーナクリフたちは慌てて瞼を閉じ、寝たふりをした。 自分の頭の横に何かが置かれる気配。それから、大きくてごつごつした手が優しく髪をかきあげ、撫でてくれる。 ひとしきり慈しんでくれた後、彼はジョウイにも同じことを繰り返しているようだった。 やがて明かりは衝立の向こうへ動いてゆく。ナナミのところへ行ったのだろう。 じんわりと胸が熱くなる。 (ゲンカクじいちゃん) 心の中で何度も呼びかけながら、ユーナクリフは温かくて穏やかな眠りに誘われていった。 翌朝、ユーナクリフとジョウイはナナミのはしゃいだ声で目を覚ました。 「ほらほら、いいかげん起きなさいよ!すごいんだよ、本当にプレゼントがあるんだから!」 ユーナクリフは起き上がって、寒さにひとつ身震いした。朝に弱いジョウイは未だに布団に懐いていたが、ナナミに無理やりひっぺがされた。 少々夜更かしが過ぎたために目がとろんとしている。おまけに計画のひとつは潰れてしまったし……ナナミが喜んでくれたのは嬉しいが、ユーナクリフはどうにも情けなかった。 今日は朝の稽古は休みで、食卓にはゲンカクが上機嫌な様子で待っていた。 照れくさい気分で各々が枕元にあった包みを開くと、お揃いの手袋が入っていた。ユーナクリフはゲンカクに抱きつきたい衝動を抑えて、代わりに手袋を抱き締めた。 「でもなんでわたしだけプレゼントがふたつあるんだろ?」 ナナミが首を捻っていると、ゲンカクは少年たちに意味ありげな視線を向けて、ちらりと笑ってみせた。 自分たちの分だって、実は贈り主が分かっているのだと言ったら養父はどんな顔をするだろう。大声でありがとうと叫びたかった。ユーナクリフはジョウイと顔を見合わせて小さく成功を祝った。 「しかしナナミはずいぶん早くから起き出していたようだが、何をやっとったんだ?」 「そうそう!えへへ。わたしね、みんなにプレゼントがあるの」 驚いた顔が並んでいるのを満足げに見渡して、ナナミは椅子から飛び降りると、玄関から子供が抱えるには少し苦労するくらいの大きさの箱を持ってきた。 「だって遠い国の妖精さんが来てくれるかどうかなんて分からないでしょ?だからわたしが代わりにプレゼントしようと思って。昨日のうちに宿屋のおかみさんに習って作っておいたのよ!」 箱の外側には抽象画のようにも見えるがおそらくは四人を表した見事な絵、そして中にはこれまた見事にひしゃげたパンケーキのようなものが入っている。 自分たちがナナミへのプレゼントを用意している間に、そんなことをやっていたとは。周囲が唖然としているのもお構いなしに、ナナミは焦げた靴底のようなケーキを切り分け始めた。 「ちょっと失敗しちゃったけど……」 ちょっとどころかばっちり見た目に負けない味のケーキを、一同なんとも言えない顔で口に運ぶ。それでも、誰一人残そうとはしなかった。 お腹いっぱいにした後稽古のために着替えながら、ナナミが先に外へ出たのを確認して、ユーナクリフはベッドの下から包みを引っ張り出した。 「これあげる。ジョウイにもプレゼント」 彼を驚かす計画は不発に終わってしまったが、折角用意したのに無駄にしてしまいたくはない。 と、突然ジョウイが吹き出したのでユーナクリフはきょとんとした。 「あははははは、なぁんだ、そうか……実は僕も、君にプレゼントがあるんだよ」 「ええ?」 おかしくてたまらないというように、ジョウイは肩を震わせて笑いつづけている。 「昨日に限っていつまでも起きてるからどうしたのかと思ったら……」 つまり、二人して同じ事を考えていたということか。ユーナクリフは呆れ返って、それからジョウイと一緒に笑い出した。 「来年からは起きている間に渡そう。お互いにさ」 「そうだね」 渡された包みには、外国の小さくてきれいなコイン。窓辺に飾ると、白い雪にきらきらと朝の光を反射する。 少年たちはくすぐったそうに笑い合って、ゲンカクとナナミが呼ぶ方へと駆け出した。
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これでもクリスマスネタなんです。 クリスマスって元々冬至のお祭りをキリスト教化したものだそうですし… しかしカップリングがあるサイトなのに、普通こういうのってラブネタにするもんじゃないんですかね。 すっかりホームドラマじゃんか!(笑) |