マージン



 
 
 
 

 ジョウイはね、笑った顔が好き。
 よくひとりで何か考え事していたりするんだけど、そういうときはキライ。
 わたしたちのこと忘れてしまったみたいで、ちょっと冷たく見えるんだもの。
 
 

 さらさらと、指の間からこぼれる金糸。
「ジョウイもずいぶん髪が伸びたよね。いーなぁ、キレイな髪」
 しばらく前から弄ばれていても、よくあることだったのでその髪の主は一向に頓着していなかったが、声に反応して手許の本に並ぶ文字を追っていた青灰色の瞳が上がる。
「ナナミ、僕の髪で遊ぶの好きだよね」
「うん、だってさらさらで気持ちいいんだもん。ねぇ〜おさげにしていい?」
「それはヤメテ。……ナナミは伸ばさないの?」
「んー、うーん……どうしよっかなぁ……ううん、やっぱいいや。わたしクセっ毛だし。邪魔になっちゃう」
「そう……?」
 つられてジョウイもナナミの髪に手を伸ばす。自然と顔が近づいて、ナナミはジョウイの顔をまじまじと見つめた。
 このところ、ジョウイと一緒に歩いていると、街の女の子たちの視線が痛いと思うようになってきた。ナナミだってその理由が察せられないわけではない。けれど事実無根なのだからそんなあからさまに敵視しなくたっていいではないか。
 整いすぎと言われるほど整った、白い顔。「美しい」という点では、この美しい幼馴染にナナミは敵わないだろう。
「……なんかムカつく」
 なによ、昔はなまっちろくて細っこくて、年上には見えなかったくせに。急に綺麗になっちゃって、背丈なんかにょきにょき伸びてきてさ。
 もやもやした心のままに頬をむにーとひっぱってやる。
「いいいぃ、いひゃいよナナミぃぃ」
 情けない声を上げて、困った顔で眉を曲げる。その様子が可愛らしく思えてナナミは吹き出した。
「あははは変な顔ー」
「ひどいよナナミ。なんなんだよもう」
 ナナミの行動が突拍子もないのは慣れているけれど、やはり理不尽な仕打ちにジョウイはふくれてみせた。反してナナミは満足げに笑っている。
「ジョウイったらコドモみたい」
「誰のせいなんだよ……」
 恨みがましい声と共に赤くなった頬をさする。
「ジョウイのせいだもん」
「何が……ってナナミぃ〜、髪ひっぱらないで。痛いってば〜。もう、この暴力娘っ」
「なによう」
 ぺち、と頭を叩かれてジョウイは溜息をついた。これは何を言っても無駄だと悟ったらしい。
 ナナミはまだ指先で白金色の髪をいじくりながら、気の抜けた幼馴染の顔を眺めた。
 女の子たちが憧れるように、綺麗で大人っぽいジョウイもいいけれど、わたしはこっちの方が好きだな。
 ジョウイは強いし頭もいいけど、すぐにわたしと張り合うし、見栄っ張りだし、ユーナクリフを怒らせると敵わなかったりするし、ニンジン食べられないし。結構情けなかったりするんだよ。
「えへへ」
「なんなんだよさっきから……」
「なーいしょ。それにしてもユノってば遅いなあ、なにやってんのかなぁ」
 すると、はかったようなタイミングで玄関から「ただいま」と声が聞こえた。ナナミとジョウイは目を見合わせ、くすっと笑った。ぱたぱたと軽やかな足音が近づき、衝立の向こうから姿が見えた。
「おかえり、ユノ」
「おかえりー」
「ただいま。あ、ジョウイ来てたんだ。丁度よかった」
 ユーナクリフは買い物袋を机に置いて、寝転がっているナナミたちを覗き込んだ。
「あれ、ジョウイここ赤いよ」
「……さっきナナミにひっぱられたんだよ」
「なんで?」
「僕に訊かないでくれ……で、丁度よかったってなにが?」
 言われて思い出し、ユーナクリフは慌てて戻ると買い物袋をかき回して一通の手紙を出してきた。
「これ、ジョウイにって頼まれたんだ」
「僕に?」
「うん……赤毛の女の子から」
「…………」
 上品で可愛らしい薄浅葱の封筒を見つめ……ジョウイは表情を消し、ナナミは目を丸くした。
 この状況で考えられることは、十中八九。
「それってそれって、つまりその……『らぶれたー』ってやつね?」
「みたいだね」
「へええ〜ジョウイってばやっぱりモテるのねぇ」
 興味津々のナナミにユーナクリフが苦笑する。
「……そんなんじゃないよ」
 反対にジョウイは素っ気なく答え、手紙を受け取った。
「それでどうするの?」
「……別に、どうでもいいだろ」
 そのまま、またごろりと転がるとナナミたちの視線を無視して本を開く。どうやら不機嫌なご様子だ。
 ユーナクリフは小さく肩を竦め、自分もジョウイの隣に転がったが、ナナミはジョウイの耳をぎゅうーとひっぱった。
「ジョウイ〜〜」
「いたたたた。ナナミぃ〜!!だから一体何が言いたいんだよさっきからっっ」
 ナナミは答えずにぷいっと台所に行ってしまった。
 お茶を淹れるために火をつけ、水を汲む。
 無性にイライラして、滋養にいいのだとゲンカクが毎日飲んでいる苦い薬草をやかんにぶちこんだ。
 ジョウイのばか。わたしたちの知らない人とのこと、どうするつもりなの?
 いつか……わたしたちそれぞれに好きな人ができたりして、結婚とかしたりしたら、こうやって一緒にいられなくなるのかな?
 ナナミは考えを払うように頭を振った。そんな先のこと、心配したってしょうがない。
(それに、わたしたちなら大丈夫だもん。絶対に大丈夫)
 そっと扉の陰から様子をうかがうと、ジョウイは所在なげに手紙を握り締めている。どんな娘からなんだろう。美人かな。優しい娘かな。ジョウイはその娘を気に入るのかな。
 でも、わたしやユーナクリフのこと、忘れたりしたら許さないからね。
「覚悟しなさいよ」
 そしたらまた、ほっぺたをつねってやるんだから。

 


別にジョウイ×ナナミではないんだけど(苦笑)
恋愛になりそうでならないラブラブが好きさ。
誰かタイトルのセンスください(切実)
 
 

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