ムクムク以下4名は燃えていた。
グリンヒルの周辺に住んでいた頃には、一人歩きの旅人を危険なモンスターどもから護衛して回ったものであった。名乗るほどの名などないと、颯爽とした後姿を旅人達は心中複雑な思いで見送っていたが。
我らムササビ5、こうしてツインホーン軍に揃ったからにはなにか人のお役に立てることがしたい。
「ムームムム!!」
者ども、いくぞ!
「ムー!!」
おう!!
……これではまるで討ち入りだ。
そしてマクマクは悩んでいた。いつもクールに決めているがその胸にはバーニンハートの彼である。彼は実はムササビ5の紅一点、ミクミクに秘めたる慕情を抱いていた。しかし憧れのマドンナ(死語)はなかなかに障害が多かった。
お転婆だが優しい彼女はムササビ隊のアイドル的存在である。抜け駆けは他のムササビたちに知られないよう慎重にしなくてはいけない。他のムササビたちの知らないところで二人、いや、二匹きりになることがまず難しい。更に他のムササビたちよりも彼女にアピールできるものがなければ。
そして、そして……ああ、なんということだろう!なんと最近彼女には意中の男性ができてしまったのだ!
この軍で副軍師を務め、母親似だと言われる整った顔立ちで多くの女性の心を引き付けているクラウス。彼はムササビ隊の4匹から羨望と嫉妬の目で見られていた。
ここはなにかびしっと決めて見せたい。彼女にカッコいいところを見せて、やはり人間よりもムササビ、中でもマクマクほど有能で素晴らしい相手はいないことを示したいのだ。
そんなこんなで思案しながら歩いていたその時、マクマクはこの軍のリーダーがてけてけと走っているのを見た。
彼が兵舎の端に立っていた黒いコートの男の前に止まると、弾かれたコインが澄んだ音を立てた。
「このリッチモンドさんに、用かい?」
「仲間のこと調べて欲しいんです。今日はクラウスを……いいですか?」
それを聞いてマクマクの瞳はきらりと輝いた。
「ムムー!!」
これだ!とマクマクは叫んだ。
自分なりにクラウスのことを調べリッチモンドに報告すれば、リッチモンドとリーダーの役に立てるし、ライバルに対抗する術がみつかるやもしれぬ。これぞ一石二鳥。敵の傾向を知り対策を練るのだ!
マクマクは意気揚揚と走り出した。目的はひとつ、クラウスの秘密である。
兵舎の片隅では、そんなあるムササビの決意など露とも知らぬ二人が調査済みの情報をやり取りしている。
「いつも熱心だねぇ、そんなに仲間のことを色々と調べてどうしようってんだ?」
「うん、傾向と対策を」
「……は?」
謎な言葉を残して立ち去るリーダーであった。
マクマクは情報収集に乗り出した。とはいえ聞き込みに行っても常人にはムササビ語を理解してもらえないのがモンスターキャラの哀しい性である。マクマクはとりあえず目標を観察することから始めることにした。目標に気付かれないよう適度な距離を取りながら行動を観察する……いわゆる尾行というヤツだ。
目標は今会議室から出てきたところである。廊下の角を曲がるのを見計らい、マクマクは物陰から物陰へと……
「あっムササビ!」
「いや〜ん、かわいいぃ」
「ボナパルトの方がかわいいよぉ」
「ムムムーッ!!」
は、離して下さいお嬢さん方っ。
「んん?この子マントが青いわね。青いのは確か……モクモクだっけ」
「ムー」
マクマクです、メグさん。
「そうそう、モクモクよねぇ」
「ムー」
マクマクです、ビッキーさん。
「ボナパルトの方がかわいいもん〜」
「ムムー」
あんなのと一緒にしないで下さい、ミリーさん。
こうしている間にも目標はどんどん遠ざかってゆく。マクマクは焦ってメグの腕の中でもがいた。
「ん?なあに?お腹すいたのかな」
「ボナパルトもよくこうするのよ〜。なでなでして欲しいんだよね〜」
「あれ、違うの?なにか悪いものでも食べた?」
腕から逃れたいのは見ればすぐ分かることなのだが、マクマクには不幸なことにこの少女達の発想は揃いも揃って人並から大きく外れていた。
このままでは埒があかない。仕方がないのでマクマクは一生懸命身振りで訴えようとした。
「……く?」
「……ら?」
「わかったぁ!クライブさんのところに行きたいのね!」
「ムム―ッッ!ムムーム〜!!」
違いますぅぅっ!撃たれたらどうするんですかぁぁっ!!
「私に任せて!すぐに飛ばしてあげるからね」
マクマクが必死に叫ぶのもお構いなしに、とことんマイペースな魔法使いの少女は杖を振った。マクマクは本能的な危険を感じて渾身の力でメグの腕から逃れた。ぽーんと飛び出したムササビが勢いのままにもうひとりの少女にぶつかるかと思われた、その時―――
「あっ!?」
「……や、やっちゃったのね……?」
「だ、だって急に飛んで来るんだもん!びっくりしちゃって……ど、どうしよう〜」
ムササビの姿はきれいに消えていた。
マクマクは突然空中に放り出され、わけがわからないながらも反射的に皮膜を広げた。空中を滑降しながら目の前に現れたものにぶつかるようにしがみつく。
「ぶっ!?」
がらがっしゃん。
顔面にムササビアタックを食らった人物はそのまま椅子ごと後ろに倒れこんだ。
突発事故にしばし呆然とした後、その人物は痛みにうめきながら手を伸ばしマクマクを顔から引っぺがした。至近距離で見つめあい、ようやく事態を理解したマクマクは心臓が止まるほど驚いた。
「ムム!!」
ク、クラウスさん!
「な、なんでこんなところにいきなりムササビが……」
そう、それは彼がまさに調査中の恋敵だったのである。見回してみればそこはクラウスとその実父であるキバの部屋だった。キバは食堂に昼食をとりに、クラウスは部屋で食べながら軍議の内容を整理していたのである。
クラウスは痛む頭を押さえて呟いた。
「……どうやらこんなことくらいで驚いていては、この軍ではやっていけないようですね……」
「ムー……」
まったく同感である。マクマクは同情をこめて頷いた。
目標と接触してしまったのは不測の事態だが、この際本人から情報を得るというのも悪くはないだろう。
「君は、ええと……メクメク?」
「ムー」
マクマクです、クラウスさん。
するとクラウスは沈黙し何事かを考え込んだ。
「……メクメク、ちょっと訊きたいんですが」
「ムー」
マクマクです、クラウスさん。
「ムササビというのは長ネギを食べたりするのでしょうか」
「ム……?」
「犬では中毒を起こしてしまいますね。その点ムササビはどうなんですか?」
真面目くさった顔でクラウスはマクマクを見つめた。打ち所が悪かったのだろうか。マクマクが困って視線をさ迷わせると、机の上に置いてある皿に目がとまった。なにか炒め物が乗っていたらしいその皿には、ざく切りにされた長ネギがころころと転がっていた。
「……ム、ムム……」
ひょっとして、クラウスさん……。
「私は、長ネギだけはどうしてもダメなんです」
クラウスは形の良い眉を寄せて溜息をついた。
「十九にもなって好き嫌いなんて大人気ないとは思うんですが、口に入れて噛んだ時のあのにゅるっとした食感が気持ち悪くて、どうしても……」
マクマクは顔を輝かせた。日頃は冷静沈着で穏やかな美青年として通っているクラウスの苦手なもの。ライバルの弱点を手に入れたのである。なんと喜ばしいことだ。これはぜひリッチモンドに告げておきたい。
たかが長ネギなのだが、舞い上がったマクマクは早速報告に行こうとクラウスの腕の中で暴れた。
「外へ出たいんですか、メクメク……」
さすがにクラウスは察してくれたらしい。しかし、クラウスは反対にマクマクをがっしりと掴んで離さなかった。
「出て行くのは構いませんが、その前に教えてください。長ネギは食べられるんですか?食べられるのならぜひ食べていって頂けませんか?」
妙な迫力で迫るクラウスにマクマクが内心冷や汗を垂らしていると、扉がノックされた。顔を出したのは半泣きの魔法使いの少女だった。
「あのぉ、すみません、青いマントのムササビを見かけませんでしたか……?」
「はあ、青マントのムササビならここにいますが」
「あああ良かったぁぁ」
彼女は先日、酔っ払った勢いで散々うっかりテレポートを繰り返した挙句、シュウから「自分で飛ばしたものは責任持って探し出すように」ときつくお叱りを受けたのである。
マクマクはまた捕まって妙なことにならないうちに、とビッキーに手渡される隙をついて逃げ出すと素晴らしいスピードで兵舎に向かって駆け出した。
「あっモクモクどこいくの!?せっかく見つけたのに」
「ムーーー」
マクマクです、お嬢さん……次は覚えてくださいね。
「まあまあ、無事だったから良いのではないですか」
「そ、そうですね。それじゃ、どうもお騒がせしましたー」
ほてほてと気の抜けた足音を立てて去ってゆくビッキーの後姿を見送って、クラウスは扉を閉めた。そして机を眺めやって小さく溜息をついた。
「……さて、この残った長ネギをどうしましょうかね……」
数刻の後、リッチモンドの元に奇妙なメモが届けられた。リッチモンドは解読にたいそう苦労した挙句、そのメモを廃棄したらしい。同じ頃、目安箱にも似たような内容の投書があったが、それもリーダーが解読に骨を折り、結局は廃棄されたようだ。
マクマクがピンクのマントの彼女の気を引くことができたかどうか、そしてリーダーが何の「傾向と対策」を練っていたのか、すべては謎のままである。
……オチなしに終る。
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