実は、クルガンの受難には後日談がある。
同盟軍本拠地の船着場から船でクスクスに回り、残っていた部下と共にミューズへ戻ったクルガンを執務室にて出迎えたのは、沈んだ顔の皇王であった。
「ご苦労だった、クルガン……」
「会談は、成功しなかったようですね」
「ああ……」
室内は重苦しい空気に満たされていたが、そこにシードが入ってくることで一変した。
「お?クルガン帰ってきてたのか…………ぶっ!!」
シードはクルガンの顔を見たとたんに吹き出した。
「……?……どうかしたのか、シード?」
「いや、その……くくくく」
しかも振り返って見てみればジョウイまでもがつられて肩を震わせている。一体自分が居ない間に何があったのか。嫌な予感がしつつもクルガンは確かめずにはいられない損な性分であった。
「……ジョウイ様、先に帰した部下達から何か報告を受けられましたか」
ジョウイが口を開くより先に、シードが耐え切れなくなって大声で笑い始めた。
「ぶわっはっはっはっはっ!!聞いたぜクルガン!!同盟軍のリーダーに『おじさん』呼ばわりされたんだって!?」
――――――ぐさぐさっ。
船上で回復した分もなんのその。まさかのカウンターパンチを食らわされてクルガンはよろけた。実際には同盟軍リーダーではなくその姉だったのだが間違いを訂正する気力も湧かない。
「くくっ……し、しかもその様子じゃ……一回で済まなかったみたいだな!はははははは!!」
シード、後で覚えていろよ。部下も部下だ。天山の峠で地獄の特訓でも課してやるか。
遠慮も何もあったものではない相棒の笑い声にクルガンが密かに拳を握り締めた時、ドアがノックされた。
クルガンはドアの向こうから現れた人物を見て驚きを隠せなかった。
「ジル様、このようなところにまで……」
「妻が夫を訪ねて悪いことはないでしょう。陛下、ピリカさんの着替えが済みましたわ」
自分を利用して国の頂点に上り詰めた『夫』に何かしら思うところがあるのだろう、皇都からジョウイに同行してきたジルは細い顎をつい、と上げてスカートの後ろに隠れるようにしている小さな少女を前に押し出した。
ジョウイは席を立ち少女に歩み寄ると、片膝をついて視線を合わせるようにした。
「世話をかけました。ありがとう、ジル……ピリカ、ちゃんとお礼は言ったかい?」
突然知らない人間達に囲まれて緊張していた少女は、ジョウイが傍に来たことでようやく口を開いた。
「……このお姉ちゃんは、ジョウイお兄ちゃんのおともだち?」
少女の素朴な問いにジョウイは苦笑しながらも頷いた。
「そうだよ。ジルっていうんだ」
ピリカはそのままくるっと首を巡らせて赤毛の将軍を見上げた。
「こっちのお兄ちゃんもジョウイお兄ちゃんのおともだち?」
「おう、俺はシードってんだ。よろしくな」
シードはにかっと笑って見せるとピリカの髪をくしゃくしゃと乱暴に撫でた。そしてピリカは同じようにその隣に立つクルガンに視線を移した。
「……このおじちゃんは?」
――――――どすっざくざくっ!!!!
絶妙なタイミングと純真な瞳がクルガンに『貪欲なる友』もかくやというほどの特大のダメージを与えていた。
「……ピ、ピリカ……彼はね……クルガンっていうんだ……ぷぷっ……」
……フォローもなしですか、ジョウイ様……。背を向けているジルの肩が震えているのも気のせいではあるまい。
虚ろな目をシードに向けてみれば、声も出ないほどに笑い転げている。
――――――ぷち。
なにかが切れる音がして、その場の気温が2度ほど下がった。
「―――シード」
「くっくっくっ……ぶははっ……腹いてぇ……な、なんだよクルガン……」
クルガンは目に涙をためて笑い続けるシードの腕をがしっと掴むと、有無を言わさずに部屋から引きずり出した。もはや皇王の執務室を辞する際の礼儀すらも念頭になかったが、その場の誰もそんなことを気にする余裕などなかった。
重々しいドアの向こうから今だ炎の猛将の笑い声が響いてくる。
これから我が身を襲う嵐を、幸福にも彼はまだ知らない。
息を切らせながらも妙に晴れやかな笑顔で、ジョウイは不思議そうな顔をしているピリカに一通の封筒を渡した。
「ピリカ、おつかいを頼まれてくれるかな。さっきのおじさんのところにね」
それは第三、第四軍団の両軍団長に宛てた一週間分の休暇届受理証であった。
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