聖痕


 
 
 
 
 
 
 


 僕の身体には消えない傷がある。
 ひとつだけではない。戦場を駆け抜ける日々の間に、いくつもの傷痕が刻まれてきた。
「やっぱり痕になってしまったね……すまない」
 完全に治癒しても肌に走る、白い痕をなぞりながらジョウイが言った。
 天山の峠で、それは彼がつけた傷だった。僕がくすぐったさにシーツをかき寄せているのに、ジョウイの指は動きをやめてくれない。
「気にすることじゃないよ。女の子じゃないんだから」
「そうじゃなくて、僕が謝りたいのは……」
 ジョウイは言葉を選びながらゆっくりと指先を滑らせ、止めた。
「僕はね、君に消えない傷をつけたかったんだよ。―――故意にやったんだ」
 上腕部の丁度、普段から彼が着ている胴着の袖に隠れるか隠れないかのところ。滝に映える夕日を眺め約束が果たされるときを待ちながら、慎重に選んでいたのだ、と。
 僕の瞳が見開かれるのを確認してジョウイは続けた。
「最後に君に……一生消えない傷をつけてから死んでしまいたかった」
 半分は成功したと言える。本当ならジョウイはあの時生命を失うはずだったのだから。
 僕は喉で笑った。
 謝っておきながら少しも後悔などしている様子がない。悪いと知ることをごまかしもせずに、それでも実行するのだ。彼は。
「なにか可笑しいかな?」
「可笑しいよ。だってさ……ねえジョウイ、それを僕に裁かせるつもりなのかい?」
 君を殺すことができなかった僕に、それを?
 ジョウイはいつでも僕が彼を断罪する言葉を待っている。こうして小さな出来事に事寄せて、時折確認するように僕に自分の罪を見せ付けてくる。たとえばこの傷を。そしてたとえばあの戦を。
 後悔がなくても罪悪感は残るし、ひとりで負うには重過ぎる。だから僕が裁けば彼は楽になれるのだろう。
 けれど僕にそんなことができるわけがない。彼は僕の罪の映し身なのだから。
 真意はともかく、あの時の彼の言葉は嫌になるくらい正論だった。
 敵国の最後の皇王が生きていることが、この戦いに禍根を残してしまうことも。歴史の幕を閉じるために彼が悪王として死ぬことが必要なのだということも。皆に望まれていることが痛いほど分かってはいたけれど。
 僕はジョウイを殺さなくてはいけないのだということ―――理性では分かっていても、どうしてもできなかった。死にたがっていたはずの彼に一緒に生きる道を選ばせてしまった。
 それが正しい判断でなかったことくらい僕も分かっている。でも、できなかったんだ。
 身勝手な僕の罪。後悔しているわけではないけれど。
「どうして君は許してしまえるんだろうね……」
 感情の篭らない声で呟いて、ジョウイは冷えた頬を背けた。
 僕は薄く笑った。
「許すとか、そういうことじゃなくてさ」
 君を裁けるほど罪深くないわけじゃないんだよ、僕は。
「むしろ嬉しいね。この傷が消えないんだと思ったら」
 今度はジョウイが目を瞠る番だった。
 疑問に答える代わりに、唇を奪う。
「しよう、ジョウイ」
「今から?」 
「そのつもりじゃなかったのかい?くすぐったいって言っても止めてくれなかったくせに」
 指先でとんとんと傷痕を叩くと、ジョウイもやる気になったらしく挑むように口の端を上げた。
 ジョウイの愛撫は面白い。
 ひとつひとつの動きは優しいくせに、嫌だと言ってもやめてくれない。
 肌が上気したために更に白く浮かび上がっている傷痕をちらりと見遣る、そのジョウイの方が痛そうな顔をしていることに、きっと本人は気づいていないのだろう。
 僕はその視線を遮って腕をジョウイの背に回した。
「……んっ……ジョウイ、もう……」
「まだ、これじゃ痛むよ?」
「いい……平気だから……」
 もっと酷くしてくれたっていいのに。
 諌めようとするジョウイの唇を引き寄せて貪ると、苦笑と共に望む熱をくれる。
 快感も痛みも君を感じられるものなら全部感じたい。だからもっと与えて、そして奪って。
 僕が君を求めるように、君にも僕を求めてほしい。
 君が僕のものになると言ってくれたように、僕も君のものにしてほしい。
「うぁッ……」
 ジョウイの舌が傷痕を辿り、悦びが背筋を駆け上った。ぼんやりとした意識の向こうにあられもない声を上げている自分がいる。
 君のつけてくれた傷。
 一生消えない。紋章なんか比べ物にならない。君とのつながりの証だ。
 これが君の印だと思っていいんだよね?
 もどかしいほどの快楽が、吐息が、名を呼ぶ声が、僕の理性のたがを外してゆく。
 だけど思考を手放す前に、君にもうひとつ罪を犯そう。
 僕は目の前の白い首筋に歯を立てて僕の印をつけた。
 次までに消えないよう、しっかりと紅く。


 



 
 
 
 

 ユノ…マゾっぽいよ…?
 ネタが出たときにはもっと艶のあるお話にするつもりだったのですが…
 エロはむずかしいですね。うぬぅ。
 
 

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