ナナミちゃんのお料理BanBan!



 
 
 
 

 いつものように厨房に入ったわたしは、目の前の光景に思わず後ずさって壁に張り付いたよーーー。この場でいちばん見たくない相手がいたのよーーーー。
「ナ、ナナミさんよーーーー!ここでなにやってるよーーーー」
「あ、ハイ・ヨーさん。まだお客いないし隅っこなら空いてるでしょ?ちょっとここ使わせてくださいね?」
 ああ、またあの地獄が繰り返されるのかよーーー。わたしは気が遠くなったよーー。
 ナナミさんと連れ立ってきたらしいのは、ちょっと珍しい人だったよーーーー。
「カミューさんかよー。どうしたよーーーー」
「ええ、ナナミ殿は料理がお得意だとお聞きしたので、教えを請おうと思いまして」
 今どき男だって料理のひとつやふたつできないのは不甲斐ないですからね、とカミューさんはキラリと白い歯を見せたよーー。でもそれにしたってよーー……。
「まっかせてよ、メニューは『特製シチュー・ナナミちゃんアレンジ』!」
 ナナミさんはえっへんと胸を張ったよーー。カミューさんはそれを微笑ましげに見ているよーーー。
「か、カミューさんよー……悪いことは言わないよーー。それはやめた方が良いよーーー」
 わたしは小声で忠告したけどナナミさんにはしっかり聞きとがめられてしまったよーー。
「ひどいなぁハイ・ヨーさんったら。ユノに大好評だったのよ」
「それが信用できないよーーー」
 というか、その方が恐ろしいよーーーー。
「なぜですか、ハイ・ヨー殿?」
「カミューさんは知らないのかよーーー。ユーナクリフさんは……極度の味オンチなのよーーーー」
「…………」
 カミューさんは一瞬言葉を失ったけれど、ナナミさんの上目遣いの視線を受けて、必殺スマイルをかましてみせたよーーーー。
「いえ、その……それくらいクセがあった方が主として仰ぎがいもあるというものですよ。どんなものを好まれるのかぜひ私も知りたいですね」
 甘いよー……甘すぎるよーーカミューさん……。
 あああ、止められなかったよーーーー。ナナミさんはいつになくはりきって、もうちゃっちゃと料理を始めてしまっているよーーー。
 ものすごく大雑把な包丁の使い方よーーー。見ていて怖いよーー。よく指を切らないよーーーー。
 カミューさんの男前の笑顔が凍りついているよーーー。
「ナナミ殿……それは?」
「あ、これねー栄養あるんですよ♪」
 ぐつぐつ。
「ナナミ殿……そ、それも、材料に……?」
「やっぱ基本は押さえとかないと♪」
 ぐつぐつ。
「ナ……ナナミ殿、い、今、鍋に吸い込まれていったモノがナニか……お尋ねしても、よろしいでしょうか……?」
「隠し味隠し味♪」
 ぐつぐつ。
「ナ…………!!!そ、それは!いいのですか!?そこに入れて許されるモノなのですか!!?」
「えー?でもユノはこれがいいって言うのよ」
 ぐつぐつ。ぼこ。ぶしゅっ。
「…………」
 カミューさん、顔が真っ青よーーーー。
「ハイ・ヨー殿こそ……」
 わたしたちは顔を見合わせて力なく笑い合ったよーーー。どこか心が通じた感じだったよーー。
「よし!これでおっけー出来上がり♪あとはお皿に盛って……と」
 ナナミさんは鼻歌混じりに「特製シチュー・ナナミちゃんアレンジ」をいそいそとお皿に盛っているよーー。山盛りだよーーーー。
「さ、どうぞ〜。ハイ・ヨーさんもどう?」
 ひぃぃーーーーー!!
「わ、わたしは遠慮するよーーーーーー」
 カミューさんは貼り付いたような笑顔のままじーっとソレを見つめているよーー。動けないでいるのよーーー。
 その彼にナナミさんは期待に満ち溢れた瞳を向けたよーーーー。
「カミューさんは食べてくれますよねっ」
 哀れなり……よーー……。カミューさんは断りようもなく、ついにぎくしゃくとスプーンを口に運んだよーーー。

 …………ぱく。――――――ばたっ。

「きゃーっ!カミューさん!どどどうしたの!?」
「大変よーーーー。ホウアン先生を呼んでこないとよーーー」
 やっぱりだよーーー。だから言ったのによーー。
 カミューさんはすっかり白目を剥いていたよーーーー……。




 そんなことがあってカミューさんはとりあえず自室で休むことになったよーーー。
 ベッドからは、不気味なうめき声が聞こえてくるよーーー。
 マイクロトフさんが心配そうに部屋の中をうろうろしているよーーーー。
「ハイ・ヨー殿、カミューに一体なにがあったのだ?こんなにうなされて……」
 ……うぅっ、恐ろしくてわたしの口からはとても言えないよーーー。
 するとカミューさんが突然跳ね起きたよーー。
「うっうわぁぁああぁあ!!」
「カミュー!大丈夫か!?」
 カミューさんは肩で激しく息をしているよーーー。
「つっ蔦!!触手が!!!」
 ……カミューさん、一体ナニを見たよーーー……。
 私とマイクロトフさんが呆然としていると、カミューさんは力いっぱいマイクロトフさんの両肩をがしっと掴んだよーー。怖いくらいに真剣な瞳よーーーー。
「マイクロトフ……わ、私は……私は……」
 微かに震えながらカミューさんは叫んだよーー。
「私は!もう罪無き人々があのオレンジ色のキノコのようにヤリイカの足と共にすり潰されてゆくのを黙って見ていることなどできないんだ!たとえブルーチーズがドクダミと南海の大決戦だとしても私は負けん!!この力の限り正義のためにかつら剥きしてみせる!!」
 わけがわからないよー、カミューさん。きっとなに言ってるか自分でもわかってないよーーー。
 どうするよーと振り返ってみて、わたしはぎょっとしたよーー。マイクロトフさんが瞳をキラキラさせているよーーー。
「カミュー……!お、俺は……俺は感動したぞ。それでこそ騎士の精神だ!!」
「マイクロトフ!私と友情のスアマを交わしてくれ!」
「もちろんだカミュー!!」
 がしっと抱き合うお二人はかなり暑苦しいよーーー。というか変よーーー。誰か止めてやってよーーーー……。
 わたしが溜息をついていると、控えめなノックに続いてそっと扉を開いたのはこの城の主だったよーー。
「あの……カミューさんが倒れたって聞いたけど、大丈夫なんですか?」
 ユーナクリフさんよーーーどうにかしてよーーーー。うわっナナミさんも一緒かよーーー。
 その姿を認めてカミューさんはぴたりと動きを止めているよーーー。
「ごめんなさい、身体の調子悪かったんですね……それなのに付き合わせちゃって……ゆっくり寝てくださいね」
 ……ナナミさんよーー……それは多大なる誤解だと思うよーーー……。
「え、ええ。ご心配ありがとうございます……レディの前で無様なところをお見せしてしまいましたね」
 それでも笑みを浮かべてみせるところがカミューさんよーーー。もう条件反射みたいだよーーー。だいぶ引きつっていたけどよーー。
 ナナミさんは彼の前にお皿を差し出したよーーー。
「これさっきのシチューですけど、栄養満点だし、食べて元気になってもらおうと思って」
「!!!?」
 そ、それは、今度こそ殺す気かよーーーー!?
 わたしとカミューさんは救いを求めて縋る目でユーナクリフさんを見つめたよーー。ユーナクリフさんは小さく咳払いし、ナナミさんの肩に手を置いて方向を変えさせたよーーー。
「……ナナミ、カミューさんはちゃんとホウアン先生に療養メニューも貰っているんだよ。食事はハイ・ヨーさんに任せようよ。ね?」
「うん……」
 さすがはユーナクリフさんよーーーー。ナナミさんは残念そうだけど、これなら大丈夫よーー。わたしは胸をなでおろしたよーーー。けれど次の瞬間ユーナクリフさんはにっこりとナナミさんに笑ってみせたよーーーー。
「こっちは勿体ないから、僕が貰うよ」
 ユーナクリフさんはひょいとナナミさんの胸元に手を伸ばすと、スプーンを取り皿からひと口すくって食べてしまったよーーー。
 カミューさんは血の気の引いた顔でその様子を凝視しているよーーーー。
「こら、ユノ。お行儀悪い。……おいしい?」
「うん美味しい」
「よかった♪ちゃんと温めなおしてあげるから、食堂で食べようね」
「うん。それじゃカミューさん、お大事に」
 彼らは部屋に下りる沈黙を意に介さず、姉弟仲良く寄り添って去っていったよーーー。
 ……わたしは世の無情を感じたよーーーー……料理人としてやるせないものがあるよーーー……。
「カミュー!?また倒れてしまったぞ、どうしたんだ!?」
 ……カミューさんは当分厨房には寄り付かないと思うよーーー。
 ……心から同情するよーーーー……。


 


本館でHITを踏んでくださったのでこっそりプレゼントしたSSです。
いやー我ながらハジけた話だね。
このステキなタイトルは零子さんがつけてくださいました(笑)



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