焦げた匂いを前にして、何も言えることなどなかった。
終に決断は下されてしまったのだ。
責めることなど誰にできただろう?
遥か空の高みに座しながら、リーグのメンバーは皆黙り込んでいた。
大統領を亡くしたままの大国を放置しておくわけにはいかなかったが、誰もがただ言葉を探しあぐねていた。
そしてレックス・ルーサーを殺したその夜、スーパーマンはケイヴへやってきたのだ。
ひどく昏い目をして。
甲高い音を立ててタイツが引きちぎられる。露になった下肢を、ブルースは信じがたい思いで見つめていた。
固い床に押し付けられた肩を浮かそうと筋肉を張り詰めても、スーパーマンの力で押さえつけられては為す術がなかった。
熱を放つ強靭な身体がゆっくりと重ねられる。
「待て、クラーク……」
クラークの笑い声には痛々しい響きが篭っていた。
「待たないよ、ブルース。やめなければいけない理由が、今はもう何ひとつ思い出せないんだ」
ブルースは言葉を失って息を呑んだ。
荒々しく唇を奪われ、目も眩むほどの激しさで口内をかき回される。
互いに寄せる感情が友人や同志といった相手への範囲を逸脱していることには気づいていた。
気づいているということを、相手が気づいていることも解っていた。
解っていながら、気づかないふりをしてきたのだ。二人ともが。
吹っ切って互いの感情を受け入れてしまえるほど、背負ってきた過去も、思想も、関係も、軽いものではなかった。
そうして無言のうちに交わされていた約束をクラークは打ち砕いた。
ろくな準備もなく秘奥を貫かれ、激痛にブルースは掠れた叫びを上げた。逃げ道を求めてもがいたが、すぐに手首をクラークに捕らえられて、指先が空を切る。
クラークはブルースの顔を覆ういかめしいマスクに手を伸ばしたが、思い直して外すのをやめた。心の奥まで斬り込む鋼ような青を今は見たくなかった。
歯を食いしばって衝撃の波に耐えているブルースの耳元へ、唇を寄せて囁きかける。
「今までに何度ジョーカーを殺してやりたいと思った?」
ブルースはマスクの下で目を瞠った。
「今日捕まって明日には自由になる悪党どもを何人見てきた?」
「絶望に駆られて傷つけ合う路地裏の子供達をどれだけ見てきた?」
「この戦いに果てがないと思ったことは?自分がどうしようもなく無力だと思ったことは幾度あった?」
「やめろ!」
ブルースは叫んでがむしゃらに身を捩った。だがスーパーマンを相手にしてはそんな抵抗も虚しいだけだった。
「自分のしていることに意味が見出せないと思ったことはあるか?僕は何度もある。でも君はもっとあるんだろうね」
クラークはブルースの腰を抱え上げ、壊れるかと思うほどに激しく揺さぶった。断続的に漏れる苦しげな悲鳴に耳も貸さず。
狂うほどの痛みと熱が、悲しみに姿を変えてブルースの胸を浸してゆく。
気づかぬふりで封じていた激情が暴かれてゆく。
闇の中で押し殺された絶望が。繰り返し襲い来る無力感が。
一瞬の絡み合う視線に潜んだ熱が。
荒い呼吸に同じ激情を滲ませて、クラークが体内で弾けた。ブルースは注ぎ込まれる熱い波を、背を震わせて受け止めた。
鋼鉄の枷のように腕を地に縫いとめていた手がそっと外される。
ブルースはゆっくりと頭をもたげようとするクラークを遮り、彼の背に腕を回した。唇を探し当てて貪ると、クラークは驚いて身をこわばらせたが、やがて激しいキスの応酬になった。
後悔の言葉など聞きたくなかった。
決断は下され、世界は変わってしまった。
もはや何もかもが以前とは変わってしまったのだ。
二人はウェイン邸の塔の上で身を寄せ合って朝を迎えた。
クラークにはその朝日が清々しく輝いて見えた。
ブルースには恐ろしく禍々しいものに見えた。
「これからのことを考えたんだ。聞いてくれるかい、ブルース?」
よりよき世界を共に作ろう、とクラークは言った。
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